生活福祉研究通巻95号 巻頭言

トランプ政権の医療保険制度改革

大場 智満
当研究所顧問

世界経済に影響を及ぼすA、B、CとE、F、G

本誌通巻93号(2017年2月)で、世界経済について、A、B、Cに関心を持っており、AMERICAのAdministration(政府)、BRITAINのBrexit(EU離脱)、CHINAのComplacency(自己満足)を掲げた。今年はCHINAについて、習政権の安定もあり、Cash-less society(現金不要社会)に改めた。さらにA、B、Cに加えてE、F、Gが世界経済に及ぼす影響として注視されよう。EUのEmigration(移民)、FRANCEのFinance Unification(財政統合)、GERMANYのGovernment(政府)、連立政権ができない場合にはGeneral Election(総選挙)である。

本誌ではこれらの動きに関心を持ちつつ、前年に引き続きトランプ政権の医療保険制度改革に言及したい。

医療保険加入義務の撤廃

2017年12月22日に税制改革法が成立した。法人税率の21%への引下げ、中所得層、富裕層に対する所得税の減税を実現した税制改革法の成立は、トランプ政権の成果として高く評価されている。

しかしこの税制改革法に医療保険加入義務の撤廃が盛り込まれたことで議論をよんでいる。

トランプ大統領は就任前、次のような発言をしていた。「オバマケアは完全な失敗であった。医療保険を担当する長官が議会により承認されると同時に現行の保険制度を廃止し、新しい制度を導入することになる。」

オバマケアでは、個人の医療保険加入を義務付けることで健康な人も医療保険に加入しリスクの分散を図っていた。

しかし個人の医療保険加入義務を撤廃すれば罰金がゼロになり、保険料未納のペナルティがなくなる。健康な個人の加入が減少し、保険料の引上げや採算悪化による保険会社の撤退を招く可能性がある。

議会予算局は、加入義務の撤廃により、2027年までに1,300万人が無保険者になり、無保険者の割合は現在の11%から16%へ増加すると試算している。またこの無保険者の増加により、今後10年間で3,140億ドルの歳出削減が予想されている。

ヒラリーの医療保険制度改革像

12月22日、ポール・ライアン下院議長は、2018年に医療保険制度の改革、年金をはじめとする社会保障制度の改革などに重点的に取り組んでいく方針を明らかにした。

こうした制度改革は、連邦政府の大幅な歳出削減につながる公算が大きいとみられている。

かつてクリントン大統領は、財政赤字の削減を進めるという中期的な目標を掲げていた。当時、財政赤字の削減を図るにあたって、最大の難関は、医療保険制度であった。3,500万人の非加入者を医療保険に加入させるとともに、医療コストを下げなければならない。そのためには増税が必要となる。そこまで考えていたと思われる。この困難な仕事を、ヒラリー大統領夫人が手掛けていた。

2016年の大統領選挙でヒラリー夫人が当選していれば、医療保険制度改革は全く別の姿になっていたであろう。

共和党の意向

共和党の保守派は「保険加入義務の廃止」にとどまらず、オバマケアを完全に廃止したい意向とされている。

トランプ大統領が選挙公約として掲げてきたオバマケアの完全廃止に向け、どのような手段をとろうとするのか、注視したい。

トランプ大統領の発言・動向

トランプ大統領は2018年1月に、ハイチやアフリカ諸国を怒らせるひどい表現(Shit Hole)をしたことが米国内外で批判にさらされている。  

加えて1月上旬マイケル・ウルフ著「炎と怒り」(Fire & Fury)が出版されベストセラーになっている。この本では、トランプ大統領は「本は読まないし、指導もしない」(He doesn't read, doesn't lead)と書かれている。

11月の中間選挙を視野に入れれば、共和党の議員達も大統領の発言や動向に関心を持たざるを得なくなる。

「医療保険制度加入義務の廃止」が、選挙民にどのような影響をもたらすか注目される。いずれにせよ、恵まれない人々を支えるオバマケアと個人の生活には介入したくないトランプ大統領の考え方が違い過ぎると思われる。

(国際金融情報センター 前理事長)