生活福祉研究通巻93号 巻頭言

今年の世界経済はABCに注目

大場 智満
当研究所顧問

トランプ政権の顔ぶれと基本政策

今年の世界経済の見通しをするとき、筆者はABCに関心を持っている。つまり、AMERICAのAdministration(政府)、BRITAINのBrexit(EU離脱)、CHINAのComplacency(自己満足)である。

民主党のクレア・マカスキル上院議員は、トランプ大統領の指名した顔ぶれを見て、「3G政権」と揶揄している。ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、将軍(General)、大富豪(Gazillionaire)の登用が多いからである。ゴールドマン・サックス出身者は、ムニューチン財務長官・コーン大統領補佐官・パウエル顧問、元将軍はマティス国防長官・ケリー国土安全保障長官・フリン国家安全保障補佐官、そして大富豪と言われているのが、ロス商務長官・デボス教育長官などである。

トランプ大統領は、1月20日の就任式の演説で「本日以降アメリカ第一主義のみを実行する。アメリカ第一主義だ。貿易、税、移民、外交に関する全ての決定は、アメリカの労働者と家族に恩恵をもたらすために行なわれるだろう」と述べた。

そして就任式後、ホワイトハウスのホームページで、貿易や外交など6項目の主要政策を発表した。

貿易政策としては、TPPからの離脱、NAFTAの再交渉を求める方針を示した。

外交政策としては、米国の国益を最重視し、不法移民対策を取り上げている。

また初の大統領令でオバマケアの撤廃を指示している。

就任前からオバマケアを強く批判

当研究所としては、筆者も同様だが、オバマケアの廃止に関心を持っている。それは、本誌通巻89号(2015年2月)で、「クリントン大統領は医療保険制度とNAFTAの2つの改革を同時に進めると共倒れになると考え、NAFTAを最優先に進めると決断した」と書いたからである。

トランプ大統領は、医療保険制度改革について、就任式以前にも次のような発言をしている。「オバマケアは完全なる失敗であった。われわれは何もせずに批判だけすることもできた。しかし、医療保険を担当する長官が議会により承認されると同時に現行の保険制度を廃止し、新しい制度を導入することにした。1日の間に廃止と導入をすることができるだろう。これまでよりも負担が軽く、内容が充実したものを提供する。」

確かにオバマケアには欠陥がある。この点については、本誌通巻89号(2015年2月)でも触れた。特に個人の保険加入を義務化しており、法は無保険者に罰金を科している。しかし、罰金は保険料よりも割安であるため、健康に自信がある若者が保険に加入しない可能性がある。そうなれば、保険会社は保険料を引き上げざるをえなくなる。オバマ前大統領は20%を超える保険料の引き上げを考慮していたと言われる。

オバマケアは、医療制度問題に精通していたヒラリー・クリントンが1994年に責任者として練り上げた医療保険制度改革を基礎としていた。彼女が大統領になっていれば、オバマケアの欠陥を是正し、内容がより充実した制度にしていたと思われる。

新しい医療保険制度の導入へ

トランプ大統領も医療制度は、民間企業の業務と公的医療・福祉制度が混在しており、政府の各担当部門と密接に関わっている複雑な制度であることは認識していると思われる。新制度を導入するにあたっては、政府の関連する各部門が密接に協力するよう側近を通じて働きかけているようである。しかし、内容がより充実し負担が軽い医療保険制度を作り上げることは可能だろうか。いずれにせよ、医療保険制度改革についての米国の論議は、わが国の参考になると思われる。

メキシコからの輸入車に高い関税

NAFTAについてトランプ大統領の関心は、メキシコにおける自動車生産と米国への輸出である。フォードやトヨタがメキシコに工場を増設すれば、メキシコからの輸入に35%の関税をかけると主張している。2016年のメキシコにおける自動車の生産は約350万台・輸出台数は280万台に達したとされており、そのうち対米輸出は215万台、77%を占めたとみられている。215万台のうち米国車の輸出がフォード・GMを中心に約125万台、日本車の輸出が日産・ホンダ・トヨタの3社で75万台と見られている。このような問題があり、メキシコのGDP成長率のIMF予測(2017年1月)は、2017年と2018年についてそれぞれ0.6%下方修正され、2017年1.7%、2018年2%となった。

英国のEU離脱(Brexit)と中国の自己満足(Complacency)

英国のメイ首相は、1月17日EUからの離脱に関する基本方針を示した。移民制度や国境管理などの権限回復を優先し、EU単一市場から完全に撤退すると表明した。いわゆるHard Brexitである。その代わり、離脱後にEUと自由貿易協定(FTA)の締結交渉を行なうと強調した。

また、中国の党幹部は、経済は安定し全く懸念していないとしている。政治すなわち党内統治に焦点が移るなか、経済政策には関心が薄く、国有企業の改革や税制改革は進展しないのではないか。政府の雰囲気はまさに「自己満足」と言える。

(国際金融情報センター 前理事長)