生活福祉研究通巻89号 巻頭言

「オバマケア」について
- 米国の医療保険制度改革 -

大場 智満
当研究所顧問

支持率の低下が著しいオバマ大統領にとって、「オバマケア」と言われる医療保険制度の改革は重要な政策課題である。しかし、1月6日に開会した上下両院で多数を占める共和党は「オバマケア」の廃案を求めている。今後、わが国の医療保険制度について議論するにあたって、この米国の状況は参考になると思われる。

ヒラリー・クリントンの医療制度改革

米国の医療保険制度については、ビル・クリントン政権下で、大統領夫人のヒラリー・クリントンが制度の改革に強い関心を持っていた。1994年に大統領夫人として「メディケア(高齢者医療保険)」改革の責任者となり、薬価基準や診療報酬の不合理性について指摘し、改革に力を費やしたが、挫折した経緯がある。医療保険制度の改革は、米国・カナダ・メキシコ3国間の自由貿易協定(NAFTA)の承認と競合した。クリントン大統領は医療保険制度とNAFTAの2つの改革を同時に進めると共倒れになると考え、NAFTAを最優先で進めると決断したのである。

「オバマケア」の欠陥

オバマ大統領は、主要法案を成立させるのが比較的容易な政権初年度に、ヒラリーが成し得なかった「医療保険制度改革法(オバマケア)」を成立させた。

「オバマケア」では、財政の中立の維持、国民皆保険の達成、医療費および医療保険料の抑制の3点を目指している。

しかし、以下に述べる制度上の欠陥があり、共和党に反対されることになる。

第一に国民皆保険を達成するために企業の保険提供を義務化しているが、企業が医療保険料の高騰による企業負担の増加を懸念し、保険提供を行わない可能性がある。1人当たり2,000~3,000ドルの罰金の支払いを選択する経営者が出ると見込まれる。

第二に「オバマケア」は、貧困者向け「メディケイド(公的医療保険)」の対象者を拡大し、全米50州で実施することを想定していたが、最高裁判所はメディケイドの対象者拡大は州政府の判断に委ねられるべきとの判決を下した。このため、共和党が知事を務める州はメディケイドの対象者拡大に反対し、不参加を決定するか不参加の方向で検討している。

第三に個人の保険加入を義務化しており、法は無保険者に罰金を科している。しかし、罰金は保険料より割安であるため、健康に自信のある若者は保険に入らない可能性がある。若者の加入が少なければ保険会社は保険料を引き上げざるを得なくなり、健康に自信のある者を保険からさらに遠ざける可能性がある。無保険者は、2千万~3千万人程度になると予想されている。

共和党との対決

「オバマケア」は2013年10月に加入者の募集を開始したが、当初から大規模なシステム障害に見舞われていた。一時は制度の存続が危ぶまれる状態となり、オバマ大統領に対する国民の信頼は傷つけられた。共和党からの攻撃を避けるため、「オバマケア」のシステムに関連する規制の詳細を公表しなかったことで、現場が混乱したことも指摘されている。このシステムトラブルで、オバマ大統領の組織運営能力を不安視する声が大きくなったことは間違いない。

2014年11月の中間選挙で、小さな政府を目指す共和党が上下両院で多数を占め、政権担当能力を示したい共和党とレームダック化したオバマ大統領の間で大きな妥協(グランドバーゲン)が成立するのではないかという期待が生まれた。しかし、選挙後、オバマ大統領は「議会は私が署名できない法案を通すだろう。私は議会が好まない行動を取るだろう。それは自然なことだ。それが我々の民主主義である。」と演説し、「オバマケア」の廃案請求に対する拒否権の発動と大統領令の発出を宣言している。

共和党との妥協

共和・民主両党の妥協により、成立が見込まれる法案として医療機器税の廃止が挙げられる。同税は「オバマケア法」により定められている。両党の有力議員が廃止を望んでいるので、妥協が行われる可能性がある。

2016年の大統領選に民主党はヒラリーの立候補を予定しているとされている。リベラル色の強いオバマ大統領の政治を引き継ぐことは、中道派のヒラリーにとって難しい点が多い。しかし「オバマケア」は、ヒラリーが強い関心を持った医療保険制度改革の延長線上にある。

上述のとおり、共和党が固執するであろう「オバマケア」廃案については、オバマ大統領が署名拒否を言明しており、実現の見込みはない。共和党が「オバマケア」の存続を容認することが前提となるが、仮にヒラリーが大統領になった後、「オバマケア」の改革について、ヒラリーと共和党との間で話し合いが行われることが期待される。