生活福祉研究通巻94号 巻頭言

地域包括ケアシステムの構築過程

田中 滋
慶應義塾大学名誉教授
当研究所特別顧問

地域包括ケアシステム構築の進展

地域包括ケアシステム概念は、最初は要介護高齢者の医療介護連携構築から生みだされた。2008年以降の地域包括ケア研究会における議論では、目的も理論も進化が続いてきた。最新の考え方では、地域包括ケアシステムは介護分野だけ(そこがコアであるにしても)の将来像にとどまらない。対象を広く取って高齢者全体の未来構想と言ってもまだ足りない。もちろん介護保険制度財政存続のための手段などではない。超高齢社会に備え、少子化社会に対応し、子育てや障がい者ケアをも合わせて支援する新しい地域づくりの上位概念と捉えるようになってきた。多世代交流・支え合い体制の構築と言い換えてもよい。 

構築過程は、生活圏域ごとの課題と資源双方の把握から始まる。その手段としては、地域ケア会議活用はもちろん、2015年には日本全体で4,685か所(サテライトを含めると7,268か所)ですでに運営が行われ、約28,400人の従事者が勤務する地域包括支援センターの機能強化も有効な手立てとなろう。また川崎市で2016年から始まったような、一定の圏域を受け持つ専門職(保健師・社会福祉士等)と、養成がスタートした生活支援コーディネータ-の育成・充実が役立つとの報告がなされている。

今後の時代環境

ただし、構築が進み始めたとはいえ、以下に一覧するようにわが国社会に予想される将来は決して甘くはない。

2022年-2024年:
後期高齢者が急増する3年間
2022年:
2000年の介護保険制度創設以来初めて、1号、2号の被保険者数合計減少始まり、保険料収入にとって厳しい状況
2025年:
前年末までに団塊の世代がすべて75歳に達し、後期高齢者2,179万人に
なおその後15年間後期高齢者数はほぼフラット
2028年:
日本人の平均年齢50歳超え
2034年:
介護保険1号被保険者数が2号被保険者数を上回る。つまり恐ろしいことに保険者間財政調整に用いられる財源が相対的に希薄化
2038年-2040年:
年間死亡数ピーク(約167万人)

自治体・生活圏域ごとに異なる構築過程

地域包括ケアシステムの構築過程は、自治体どころか、もっと詳細には生活圏域ごとに異なる経過をたどるだろう。なぜなら、以下に示す各要素が地域・圏域ごとに異なるからである。

  • 住民の年齢層や経済力=自助の力:究極の推進エネルギーは住民の参加意識だと考えられる。時間に余裕のある高齢者のみならず、勤労世代・子育て世代への周知と巻き込みによって、少子化問題にも地域包括ケアシステムというプラットフォームを活かすことができる。
  • 歴史がもたらす住民同士の関係の深浅=互助の力:町内会等にとどまらず、地元商店、学校などがもつ地域の生活支援力もここに含まれる。
  • 医療・介護・福祉等の資源の質と量、多職種協働の深さ=共助と公助の力:医療、介護、障がい者支援、児童ケア、困窮者支援等に携わる専門職と事業者は、地域包括ケアシステムに加わるとの自覚が不可欠である。当然ながら、これまで培ってきた専門的なケア機能を自事業所の利用者に提供するにとどまってはならない。改めて自己の持つ専門的な力を圏域・市町村域や医療構想圏に展開していかなければ、地域そのものの維持が難しくなる可能性が高い。
  • 地元各界との関係:介護離職は一般の雇用主にとっても問題となる以上、地元ビジネス界等にも働きかけ、システムへの協力と参加(認知症に対する理解が重要)を求める工夫が功を奏する事例が増えてきた。
  • そして何より自治体の力と首長の覚悟:地区医師会などとの協力関係が鍵となる。

高齢者のセグメンテーションに基づく計画づくり

自治体が地域包括ケアシステムの対象を整理して捉えておく計画づくりも欠かせない。ここでは高齢者に限って、対象を大別すると以下が挙げられる。

  1. 中重度の要介護者で、かつ医療ニーズの高い方々:在宅医療を含む医療・介護専門職のシステム統合が中心となる。人生の最終段階における看取りケアもこの範疇に属する。
  2. それ以外の要介護者:自立支援に資するケアプランと、それに基づくリハビリテーションをコアとする医療・介護サービス利用による悪化予防が上位目的である。
  3. 虚弱高齢者と元気高齢者:要介護化予防。フレイル、サルコペニア、ロコモティブシンドロームなどの分析概念が各地で活用されるようになった。健康寿命を延伸するために、「活動と参加」を基本とする誘い掛けを発展させたい。介護予防・日常生活支援総合事業推進にあたっては、NPOや元気高齢者、世話好きの中年層、楽しみながら地域貢献を図りたい若者などの地域資源を有効活用する企画が肝要。
  4. 認知症:認知症の方が地域で生活するためのサポートの仕組みは先進国共通の大きなテーマである。協力者は年齢層を問わない。
  5. 貧困、孤立、虐待、ネグレクトなど:医療・介護の専門性では対応が難しい課題が増えている。ソーシャルワークの専門性、とりわけ地域のネットワークづくりに果たす力に大きな期待がかかる。