「植木鉢図」とその背景:地域マネジメントの意義
田中 滋
当研究所特別顧問
慶應義塾大学名誉教授
2013年、地域包括ケア研究会は、今では広く世の中に知られるようになった「植木鉢」図を世に問うた。下には2013年版と2016年新バージョンの図の双方を示す。
後者では、2025年から2040年に想定される、超高齢社会第一期(団塊世代の多くが人生を卒業するまで)を無理なく乗り切るための基盤を、「本人の選択と本人・家族の心構え」と記した皿で代表させた。65歳を超えた、しかしまだ75歳には達していない、団塊の世代への呼びかけを強く意識したメッセージである。
作成者の意図としては、皿に記した「家族」は主に配偶者(現行の結婚制度にとらわれなければ柔軟に「人生のパートナー」と解釈してよい)を指し、独立家計を営む成人した子供(といっても中年から初老だろう)は別な主体と考えた。そのため2013年版では「本人・家族の選択と心構え」と表していた。この点を明確に伝えなかったため、皿の字句は誤解を与え、「本人が好まない意思決定を子供が選択する状況を許すのか」といった意見を頂戴してしまった。従って、今年はやや冗長とはいえ、上記のように「選択は本人」「心構えは本人と家族」と分けて表す変更を行なった。
その上に、しっかりとした「住まい」ならびに「住まい方(「どのように住むか」「誰と住むか」、あるいは「ひとりで住むか」等にかかわる決意を含む)」を意味する植木鉢を描いた。植木鉢の中には、日常生活を支えるさまざまな支援について芳醇な…芳醇であってほしい…土による表現を試みた。また生活支援だけではなく、一人ひとりの高齢者にとっては、セルフケアを中核とする虚弱化予防、介護予防、悪化予防は最も大切な目標だろう。よって、2016年版では土に予防と書き込んだ。
以上を前提に、医療・介護・福祉分野の専門職が、連携を図りつつ行なうプロフェッショナル・サービスを、期待を込めて瑞々しい若葉の姿で描いている。なお住民の一部は、経済的な困窮状態や、孤立・虐待・ネグレクト等の問題に直面しているはずである。そこで社会福祉職種による専門的支援も、新版では右側の葉に明記した。
植木鉢は、あるひとりの住民の地域生活を支える地域包括ケアシステムの構成要素を示している。だから本来は、住民ごとにより皿も鉢も葉も、形と大小、そして丈夫さなどが異なるのである。正確には地域にたくさんの植木鉢が存在していることになる。
2013年拡大図では、先ほどの植木鉢の横に、利用者一人ひとりのケアプランを担当するケアマネジャーが、多くの職種がかかわるケアマネジメント・プロセスを示す台に乗って任務を果たしていく姿を載せている。加えて、地域包括支援センターが主催する地域ケア会議が、それぞれの日常生活圏域で働く人々の課題解決能力向上を育む様子も表されている。
植木鉢の内部や周囲に登場する専門職の働きに加え、もう一つの主体、というより最も重要な使命を担う自治体の機能も書き入れるべきと研究会では考えた。具体的には、図全体を取り囲む形で、自治体が展開する「地域マネジメント」と明記した。システム構築の目標は、圏域内のどこに住んでいてもケアが提供される体制、すなわち「ケア付きコミュニティ」の構築である。
地域マネジメントは、介護保険料の徴収や要介護認定、保険給付などの制度が定めるルーティンの行政業務とは異なる。マネジメントにあたっては、当該地域に存在する多様な人や組織、つまり役所や役場には属さない地域の資源をネットワーク化していく企画力やコーディネーション力が求められているのである。