強いドイツ、弱いユーロ
大場 智満
当研究所顧問
再び日本とドイツについて
2013年10月に発行した当研究所の『生活福祉研究 通巻85号』において、「少子高齢化と日独の成長戦略、財政再建」と題して、出生率の低下と高齢化の進展を取り上げた。
この少子高齢化については、ドイツも懸念しており、その解決策について触れたところである。対策については、雇用の拡大が最優先で、そのためには財政の役割が大事であるし、経済成長が維持されねばならないと言及した。
ドイツだけでなく、フランス、イタリアなど多くのヨーロッパ諸国も同じ問題を抱えている。その中で特にドイツの対策を挙げたのは、日本とドイツがよく比較されるからである。両国とも経済面では自動車産業などの製造業が強く、高い技術力を持っており、経常収支も黒字である。加えて歴史的に見ると、イギリス、フランス、オランダに比べて1世紀も遅れて植民地政策に走り、それがために侵略戦争も激しかったという共通面があるからである。
しかしながら、ドイツがヨーロッパ各国と地続きであるのに対し、日本は海を隔ててアジア諸国に対峙しているという大きな違いがある。政治面では、ドイツは地続きの欧州諸国と協力を強めざるを得ない。日本は安全保障面で東アジア諸国と対立しがちになる。経済面では、ドイツはユーロ圏を形成し、ユーロという統一通貨を持つに至っており、ヨーロッパ随一の繁栄を享受している。日本はアジア諸国と経済統合を行うことは極めて困難である。
ユーロ危機と強いドイツ
筆者は2000年代始めにはユーロは弱い通貨だと見ていた。それは1990年に東西再統一を果たしたドイツが、当時最強の通貨のマルクを捨て、ユーロを使うことになったからである。
2010年のギリシャの国家財政の粉飾決算に端を発したユーロ危機は収束しつつある。
ドイツ、フランスに次ぐ大国のイタリア、スペインも財政赤字が2013年には減少しており、2014年も改善する見通しとなっている。すなわちイタリアは2013年GDP比3%、2014年の予測は2.6%、スペインは2013年GDP比7.2%、2014年の予測は5.8%である。このため両国は、財政再建策は引き続き重要としつつも、より経済成長に重点を置き、失業対策や競争力強化に向けた政策を取り始めている。
このような政策の影響もあって、2011年8月に6%前後に達した両国の10年物国債の利回りは、2014年5月21日にはイタリア3.2%、スペイン3.01%となっており、ユーロの安定の証左となってきている。
2010年以降のユーロ危機によって、ユーロは年初までは弱含みで推移してきた。弱いユーロは、国際競争においてドイツに有利に働き、GDP比の経常収支の黒字は中国を抜いて世界一の大きさになった。さらに、ドイツは歴代の政権下での労働市場の構造改革により対外競争力が強化されている。
欧米の機関投資家は、利回り2.531%(2014年5月21日現在)の米国10年物国債よりも、1.42%(同)という低いドイツの10年物国債に関心を示している。
今後のユーロについて
国際金融情報センターが2014年5月16日に行った6ヵ月先(11月中旬)のユーロ円の予測は、137円から147円50銭であった。この予測は、保険、銀行、証券、商社、メーカーの有力エコノミスト24人によるものである。
その内訳は、137円から139円50銭と予測している人が8人、140円から144円と予測している人が10人、145円から147円50銭と予測している人が6人で、140円から144円の可能性が最も高いことを示している。
この強いユーロ円の予測は、ドイツや日本、米国のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)を反映しているものと思われる。ドイツのファンダメンタルズについては、前述の経常収支の黒字のほか、成長率(実質GDP)は、2014年1.8%、2015年2%と回復していくとみられている。また、失業率は2014年5.2%、2015年5.1%で、ユーロ圏18ヵ国の中でオーストリアに次いで低いと見通されている。
また、今後のユーロレートについては、米国のFRB、欧州中央銀行(ECB)、英国のBOE、日本銀行などの各国中央銀行の金融政策に影響される。特に、ドル・ユーロ・円の為替相場が短期的には金利差に敏感であることは注視していく必要がある。
もとより、為替レートは金利だけで動くわけではなく、中長期的には、各国の経済成長率、インフレ率格差(購買力平価)、国際収支などの諸要因に影響される。
ユーロ圏がドイツを中心にして財政の再建を図り、経済成長に力を注いでいけば、ユーロは中長期的には安定していくことになろう。
(国際金融情報センター 前理事長)