生活福祉研究通巻86号 巻頭言

医療にかかわる営利・非営利・公益とは

田中 滋
当研究所特別顧問
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授

「医療は非営利だから…云々」という議論の立て方を目にすることが多い。しかし経済学の観点からするとこうした論理は成り立たない。「医療=非営利」を先験的真実と信じている医療人には不思議な解説に聞こえるだろうが、経済学では「医療という財は非営利に分類されるかどうか」なる問い自体、意味をなさない。経済学の世界においては、財は「公共財」と「私的財」に大別できるが、「営利財」「非営利財」と呼ぶ分け方は存在しないからである。

公共財とは、非競合性(注1)ないし非排除性(注2)という『(思想信条とは無関係な)利用過程の技術的特性』があてはまる財を指す。外部性(注3)の一部も公共性の理由と考える場合もありえる。国防と外交、治山治水が公共財の典型例としてあげられる。公共財の効果の享受にあたっては、一般に非支払者を利用過程からテクニカルな意味で排除できないので、税金や公債・政府借入金等を原資とする公費を財源とせざるをえない。なお、公共財の部品生産過程を企業に委ねることは一般的に行われている…例えば航空機の製造や堤防の建設など。

ある財の使用にあたって料金を払わない人を(技術的には排除可能だが)一定価値観ゆえに排除しないケース、例えば都市の開放公園…東京では日比谷公園や明治公園…は、経済学の定義に従うと公共財ではない。同じ公園でも東京の六義園や小石川後楽園では入場料を徴収しているし、ロンドン等における街なかの小公園の発祥時には、フェンスに囲まれた内部に入場するには近隣住民専用の鍵が必要であった。つまり公園の多くは「利用料を支払わない人を技術的には排除可能」ゆえに公共財の定義にあてはまらない。高齢者に対する市役所主催の無料体操教室も、ホームレスに対する炊き出しも同様のカテゴリに属する。公園はすべての市民のもの、体操教室は高齢者のみ、炊き出しは貧困者のみを対象とする社会的価値観に基づく理由は異なるが。

医療について言えば、伝染力が強く、罹患後の生命・健康リスクが高いタイプの感染症の診療、および一部の公衆衛生サービスは公共性が強く、公共財に分類される。

では、私的財、すなわち非公共財の受け渡しにはどのような方法がありうるだろうか。現代社会では市場を経由する方法が主であるように感じるだろうが、決してそれだけではない。家庭内における資源配分は市場における配分とは論理が異なる。子供のためにセーターを編む親は、愛情からか、市場購入より安いと考えるからか、単に編み物が好きだからかによらず、子供から料金をとって配分することはないだろう。一家で鍋を囲む際、中の具材を支払い能力によって分けるケースは(絶対に存在しないとの証明は難しいにしても)きわめて稀と思われる。他方、企業等の組織内での資源配分は、組織目標を果たすために、組織のルールに従いつつ、職位に付与されている権力に基づいて上位者が行う形が普通である。家庭や企業の外側の世間では慈善や強奪等による配分も見られる。

ところで、「特定の私的財の利用は当該社会の安寧維持にとって不可欠の要素とみなす」、別の言い方をすれば「公益性が高い」との解釈に対し、歴史上のある時点である国において合意が得られた場合は、その私的財の利用について、政府ないし社会保障基金等が最終的にファイナンシャル・リスクを負う体制がとられると表せるだろう。わが国介護保険の創設は、この過程にあてはまる近年の例に他ならない。

このように、「安定した社会存続のために、直接の利用者・対象者を超えて、費用の全部ないし一部を、社会が共同負担する仕組みを採用している私的財」を価値財と呼ぶ。

現代の医療ニーズとそれに対する診療行為の大部分は上記の公共性を伴わない。がんや心臓病の治療、生活習慣病の日常的な指導管理が代表である。すなわち私的財に分類される。ただし、わが国のみならずほとんどの経済的先進国においては、社会の維持安寧ならびに人権等の観点から、医療を公益性の高い価値財として位置付けている。

私的財なので、私的主体による提供でも構わない。この点、わが国の医療提供体制は、資本調達をキリスト教会・修道院・信者団体等からの寄付に頼ってきた宗教系病院、および公的病院を主とする欧州諸国に比べ、資源配分の効率化を内包するあり方となっている。そこでの競争は、資源・機能の集中と連携を前提に、質を指標としたベンチマーク型競争が成果を生む形が好ましい。価値財の提供主体が私的営利法人であってはならないと限定する経済理論の構築は難しいが、非営利主体の方が親和性が強いとの判断は直感的に正しいだろう。

つまり、営利性・非営利性の違いは医療の財としての性質に属するテーマではなく、医療提供組織に関する性質に属している。「財の性質」と「提供主体の性質」は別個の分析概念と理解すべきである。

本稿の結論:非営利性とは、公益的な財サービスを提供する組織の根源的な存在目的、決意を示す言葉である。

  1. (注1)同時に多数の主体が互いに影響せずにある財を消費できること。
  2. (注2)金銭を支払わない人を消費過程から排除するためのコストが高すぎるがゆえに、料金徴収を行えないこと。
  3. (注3)直接の需給に関係しない第三者に影響がおよぶこと。