生活福祉研究通巻85号 巻頭言

少子高齢化と日独の成長戦略、財政再建

大場 智満
当研究所顧問

わが国の少子高齢化と経済再生

日本経済再生の構想を練る時に、最も重要な課題は少子高齢化にどう対応するかである。当生活福祉研究所の事業内容にも「年金、健康、医療、介護など少子高齢化社会への対応」が含まれている。この課題に強い関心を持っているところである。

国際通貨基金(IMF)のエコノミストは、2004年に、「人口動態の変化が日本経済に及ぼす影響」と題する論文を発表している。出生率の低下と高齢化の進展により、日本の人口の増加率はゼロかマイナスとし、2050年までの見通しでは、14%の人口の減少が見込まれるとしている。計量モデルを用いた推計を行うと、「日本の成長率は0.8%ポイント、経常収支のGDP比は2.5%ポイント低下する。」としている。急速に貯蓄率が低下し、経常収支が大幅に悪化するからである。

さらに対策の柱として「女性および高齢者の労働市場への参加率を高めることが考えられるが、この参加率が100%になったとしても生産年齢人口の減少を補うことはできない。」とまで言っている。GDP比2.5%ポイントは約12兆5千億円に相当する。日本の2011年の経常収支の黒字は約10兆円、2012年は約5兆円であるから、日本の経常収支は赤字になる。

IMFのエコノミストの論文発表時には、当然のことながら、わが国の東日本大震災、米欧の金融資本市場の危機、ブラジル、ロシア、中国、インドなど新興国のGDPの低下は想定されていない。人口の減少、成長率の低下、経常収支の悪化などの2050年の見通しが、想定より5年ないし10年早く起きる可能性は否定できない。

ドイツの少子高齢化と諸改革

出生率の低下と高齢化の進展により、人口の伸び率が鈍化しているのは日本だけではない。日本と良きにつけ悪しきにつけ比較されるドイツも同じ状況にある。生産年齢人口の総人口に占める比率は減少し始めている。

元ドイツ首相シュミットはここ20~30年、人口が減少し高齢化が進んでいることを懸念し、この問題を解決しなければならないと述べている。ドイツでは2002年に法律を制定し、労働市場の諸改革を進めている。また、年金受領開始年齢を2012年以降、65歳から67歳まで段階的に引き上げることが決まっている。「これらはドイツにとって避けて通れない変化の前哨戦に過ぎない。」とシュミット元首相は述べている。

少子高齢化に対応するためには、雇用の拡大が最優先である。そのためには財政の役割が大事であるし、経済成長が維持されねばならない。経済成長と財政健全化のバランス、および増税と歳出削減のバランスを取ることが重要である。

財政再建か経済成長か

この点について、ドイツを中心とするEUの方針は変わりつつある。6月末の欧州理事会は、「若年者雇用の促進」とともに「成長と競争力の強化」についてEU委員会の勧告案を承認している。それによれば、経済危機以降、財政赤字の削減を最優先として、緊縮による財政再建策の実行が求められてきた。しかし、経済成長はむしろ滞り、雇用環境と失業率の悪化などを引き起こしたとの議論もある。

今回のEUの勧告案では、財政再建策の実行は引き続き重要としつつも、より経済成長に重点を置き、失業対策や競争力強化に向けた取組みなどが提案されている。ドイツのメルケル政権は、すでに付加価値税を16%から19%へ3%引き上げており、総選挙後、新政権が財政赤字を増やさずにどのように雇用を増加させるか、注目したい。

EUの資料によれば、ユーロ圏17ヶ国の財政赤字は2013年にGDP比3%以下にすることを求められている。ドイツの2013年の財政収支はすでに均衡している。また、政府の累積債務残高は80%程度である。ドイツの成長率(実質GDP)は、2013年0.4%、2014年1.8%とされている。IMFの成長率見通しは、2013年0.3%、2014年1.3%とEUの見通しより低い。

なお、日独のような少子高齢化問題をかかえていない米国の財政赤字は、2014年にGDP比4%以下になるとされており、成長率はIMFの見通しによれば、2013年1.7%、2014年2.7%である。

日本の財政赤字は2015年にGDP比5%以下になることが期待されている。日本も成長戦略と財政政策のバランスをどう取るか、ドイツなどの対応を参考にして進めることが望まれる。

(国際金融情報センター 前理事長)