生活福祉研究通巻82号 巻頭言

地域経済の活性化とアントレプレナー育成・支援

鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学研究支援センター客員教授

先日、世界経済フォーラムの「2012年版世界競争力報告」が発表されたが、わが国は総合順位を前年より一つ下げて、前年11位から9位に上がった香港に次ぐ10位となった。民間企業の技術革新力や顧客指向性などは相対的にはまだ高く評価されているとはいえ、電力供給の安定度の低下に加え、対象144国中最下位とされる財政状況(政府債務残高のGDP比)などが総合順位を引き下げる結果にもつながっている。このような国の競争力あるいは活力の評価や、その順位等が世界の各種機関で発表され、そのたびに(その評価方法の問題や有効性・正当性が同時に議論されることも多いのであるが・・・)、わが国の位置が低下していることが多い。そして企業経営を取り巻く六重苦説も加わり、失われた20年の霧も晴れず、国全体が活力に乏しい状況がずっと続いている。

東日本大震災の復興のスピードも上がらないなか、今回のロンドン五輪での女子選手の活躍や、明るく強靭なチーム力と俊敏な連携の発揮等による、日本の史上最多のメダル獲得は、われわれの気持ちに力を与え、また閉塞状況を突破するためのヒントを多くの経済人にも与えてくれた。五輪の成果を思えば、今後のわが国の活力を全体的に盛り上げ、けん引するリーダシップや、ユニークで革新性に優れた企業の登場やその層の厚さにも大いに期待されるのだが、しかし現実的には先行きは不透明であり、いささか心もとない。

そして、ここで地方都市など地域経済・社会に目を向ければ、格差の底で必死に生き残りを掛けて闘い、頑張り続けている中小企業が多いが、当然ながら新卒など若者の就職口は乏しく、夢のある将来が描き難く厳しい。政府や自治体の支援・救済策もいろいろと出され地域ごとに実施されているが、これらが今後とも長期に続くには限度があろう。

少子高齢化が構造的に進み、新産業の出現もままならない地域社会で、若い世代のなかに、介護・福祉の分野などで置き去りにされ、充たされていないニーズに対応し、掘り起こそうと挑戦する人々が出てきている。さらには、地場の伝統的技術や文化、日本の底力の源泉の一つともいえる老舗・長寿企業の知恵などを新しい時代の感覚でとらえなおし、活性化させ、個性的な事業や商品・サービスの開発に全力で取り組んでいこうとする者も見られる。そして、そのようなアントレプレナーとも呼べる挑戦者・起業家達を、自治体や地域の経済界、加えて大学が支援しようとする、産官学連携の動きも見え始めている。

90年代までに陶磁器の街として栄えてきた岐阜県の多治見市では、そのような地方都市でみられる構造的な地域経済・社会の変化を見据え、しっかりと準備を重ね、2004年から地域の活性化に挑戦し、貢献しようとするアントレプレナーを地域ぐるみで支援する体制をスタートさせ、年々進化・レベルアップさせてきている。多くの入居応募者の中から厳選されたチャレンジャーに、市の産業文化センターの2階のスペースを好条件でBI(ビジネスインキュベーション:事業保育)ルームとして3年間という限定された期間貸し与え、その間に事業をしっかりと立ち上げてもらおうとするものである。そして、そのために起業支援センターを設け、そこを中心に地元の経済界や金融機関等のサポートも加わり、アントレプレナーや彼らの創発する新事業の育成や支援を継続的に実施している。

そして、これまでにBIルーム入居のアントレプレナーは現在入居中を含み20人を超しているが、夫々が持ち味を発揮し、互いに連携・交流する機会も多く、地域社会の活性化に貢献している。そして、地元の大学も東京のハイテック企業や外資系優良企業などの参加も募り広域連携を促進するための企業家育成講座の開講や、大学の知的資産をベースとした産官学連携活動への参加・協力要請などで、BIルーム入居者やOBへ実学的教育・研究の場や機会を提供している。入居者のなかには、その事業活動や開発製品が評価され、政府からの受賞や、認定業者に選抜されるケースも出ている。

このような10年近くに亘る募集活動やBIルーム入居者の事業や仕事を通して、地域社会の構造変化の一部が見てとれることが、意義深い。モノづくり中部圏ならではの製造システムの設計・開発や、美濃地域の資源を活用する陶磁器や刃物、観光関連、農業関連分野の重要性は勿論であるが、司法書士、弁理士、弁護士、中小企業診断士など、中部圏ではもともと不足しているといわれている「士(さむらい)」業の入居応募が年々多くなってきている。そしてごく最近では、居宅介護支援など介護・福祉関係のサービス事業への女性や若い気概をもったアントレプレナーの進出が顕著ともいえる。人間の触れ合いと重労働が中核技術ともいわれる介護や福祉分野へのロボットやICTの導入による新産業の出現もいずれ期待されるとの予感がする。一地域の小さなチャレンジの中に時代背景が良く投影され、未来を予兆させる流れが見えているといえよう。

以上は、多治見市という特定の地域での例を示したもので、見方によっては、ごく小さなチャレンジとも思えるが、われわれがこのような活動のなかでの様々な努力や相互連携を継続的に積み重ねていくことにより、地域を広域で動かし、世界とのネットワークも広がり、地域を挙げての応援の地響きの拡大へとつながる。そして、そこで汗を流し闘っているチャレンジャーやプレイヤーは、五輪アスリートがそうであったように、大いに勇気づけられるのではないだろうか。