生活福祉研究通巻81号 巻頭言

ユーロ圏危機の現状

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター顧問

激動が続くヨーロッパ

昨年12月の「生活福祉研究」設立20周年記念特別号で「ユーロ圏の金融危機と展望」を取り上げた。その中で、ユーロ圏が危機を乗り越えるために最優先で取り組むべき課題として、「財政赤字の削減」と「銀行の増資」を指摘した。また、南欧諸国の懸念についても触れた。半年が経過してギリシャとスペインに対する懸念が現実のものとなった。両国とも財政問題と銀行問題の2つを抱えているが、ギリシャは国の財政問題、スペインは銀行の資金問題に早急に対応しなければならなくなっている。

ギリシャ危機の現状

ギリシャでは6月17日の再選挙の行方が注目されていた。全ギリシャ社会主義運動と新民主主義党の旧連立与党は、ユーロ圏に留まることを最優先として選挙を戦った。急進左派連合は、財政緊縮策に対する反対とユーロ圏への残留という相矛盾する主張をしていた。ギリシャの選挙では、得票率が3%に達しない小政党は議席を得ることができないが、5月に行われた最初の選挙では小党乱立の結果、このような議席につながらない小政党の得票が19%に達した。これと30%の棄権を合計すると49%になる。今回の選挙では、この49%が減少したとみられている。

ギリシャ議会は1院制で、300議席である。しかし、選挙において各党間で争われるのは250議席で、第1党に50議席がプラスされる制度になっている。選挙前の世論調査では、ギリシャの選挙民の78%がユーロ圏残留の希望を持っているとされていた。それが再選挙に反映されたものと思われる。

しかし、選挙後ギリシャがユーロ圏に留まる条件について、EU・ユーロ圏とギリシャ政府が条件交渉を積み重ねる局面がしばらく続くものとみられる。

スペインの現状

フィナンシャル・タイムズによれば、スペイン政府は大手銀行Bankia(バンキア)に190億ユーロ(1兆9,000億円)を注入しようとしている。スペイン政府は債券市場で資金を調達することではなく、政府保証付債券を株式と引換えにバンキアに供与する方針をとっている。バンキアはその債券をECB(欧州中央銀行)にキャッシュの見返りとして寄託する。ところが、ECBは5月末にこのスペインの提案を拒否してしまった。ECBは従来の3つの手段、①直接ボンドを買う、②低金利のローンを供与する、③金利をカットする、を依然として前提としている模様である。

5月末にスペインのラホイ首相は、「銀行に対する国際的な支援を必要としていない」と主張していたが、銀行だけでなくカタルーニャ州などの大州で債券の借換えが難しくなってきている。地方政府の破綻や銀行の破綻は国の破綻につながることになる。

フィナンシャル・タイムズによれば、ロンドンをはじめヨーロッパのファンドマネジャーたちは、「ギリシャ、アイルランド、ポルトガルの10年国債とドイツ国債とのスプレッドが5%ポイントに達すると、その後14日~34日の間に国際的支援が必要となっている」と述べている。スペインの10年国債の利回りが5月末に6.5%を超え、ドイツ国債(1.2%)とのスプレッドは5%ポイントを上回ってしまった。

以上のようなこともあり、バンキアの株価は、5月25日に国際的援助がアナウンスされて以来13%下落した。しかし、スペイン最大の銀行であるサンタンデール銀行は3.2%の下落にとどまっている。なお、「我々は4,000億ユーロ(40兆円)の支援を必要としている」とのマドリッドの主張に対しては、EU各国は同情もしていないし、疑問を投げかけているようである。

今後とも注視が必要

ドルや円に対するユーロの下落によって、世界の為替市場・株式市場は大きな影響を受けている。従って、我々としてもギリシャ・スペインをはじめとするユーロ圏諸国の財政赤字削減や経済成長の動向に引き続き注視していかなければならない。

ノルトライン・ヴェストファーレン州で与党が敗北したことで、ドイツのメルケル首相もフランスのオランド新大統領との間で若干弾力的な姿勢になるのではないかと思われる。オランド大統領が当選したことで、ユーロ圏首脳会議・財務相会議のステートメントにおける財政赤字削減と成長重視について、表現に工夫がみられるようになった。

ヨーロッパの上記の状況は、決して他人事ではない。日本においても消費税率引上げに関連して、財政赤字削減と成長重視について議論が行われている。日本の円や株式市場に対するヨーロッパの影響は大きく、今後ともその動向を注視していかなければならない。