ブランド 約束と信頼の絆
鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授
ブランドはその存在を他と見分けるための極印ともいわれる。
インターブランド社が1999年より毎年ビジネスウィーク誌で公表している世界ブランド・ランキングで常時No.1の地位を確保しているのが、清涼飲料水の「コカ・コーラ」である。変化が激しく、新しい事業や商品がグローバルなスケールで次々と登場し消えていく市場環境のなかで、驚くべき存在といえよう。
評価の対象になるブランドには世界中のあらゆる事業分野、業種が含まれており、ブランドを事業資産としての投資対象面、経営の巧拙の面も睨みながらランキングするものである。具体的には、①ブランドが創出する付加価値や中期的な利益等財務上の貢献、②商品の選択・購入におけるブランドの果たす役割・影響度、そして③分かりやすさ、独自性、商標登録等による法的ガード等々ブランドのもつ力量・活力(過去の栄光の上に胡坐(あぐら)をかくなどのマイナス面の逆評価もされる)、などによって数値的にブランド価値が算出され、順番が付けられる。
2011年のランキングを見ると、コカ・コーラの後に、IBM、マイクロソフト、グーグル、GE、マクドナルド、インテル、アップルと続く。数年前6位だったトヨタは11位にランクされている。算出されているブランド価値では、トヨタはコカ・コーラの約3分の1となっている。
1886年米国ジョージア州ノックスビル出身の薬剤師ジョン・S・ペンバートン博士の処方でコカ・コーラは世に出た。コカの葉とコーラの実を主原料とする鎮静強壮効果のある飲料としてスタートしたといわれている。ペンバートン博士が逝去した4年後の1892年、後にアトランタ市長になったエイサ・G・キャンドラーがコカ・コーラ社(The Coca-Cola Company)を設立した。コカインの使用禁止以降、当初処方されたレシピは少し変わっているのだろうが、その内容は企業機密として明らかにされていない。処方された原液を水で割って飲む方式に代わって炭酸水で割ったことにより広く人々に愛飲されるようになった。コカ・コーラ本社から提供される原液が世界各地のボトラーによって炭酸水で割られ、瓶詰め・缶詰めにされ販売される。いまや世界200を超える国や地域で愛飲され、中国でも「可口可楽」の名でシェアNo.1の清涼飲料水となっている。
マーケティング論でいえば、強いブランドへの方程式は「市場へ誓ったシンプルな約束を果たし続け、顧客からの強い信頼を得る」である。ブランドには顧客に果たす約束があるのである。Everyday low prices(毎日が低価格)を謳う小売業では特売日はないのであり、Coffee Shop Restaurantでは日本食は出せないだろう。日本茶が欲しくなる客には対応出来ないのだから。安心・安全が前提になる乳児用のミルクでのブランドへの信頼は重要であり、安心・安全を果たし続けている特定ブランドへの依存は極めて高いのである。
こういった、約束と信頼の好循環で結ばれた絆が、強いブランドの存在のベースにあるといえよう。したがって、誓った約束が果たされず、信頼の絆が裂かれてしまったとしたら、ブランドの失墜は免れようもない。そして、その修復には途方もない厳しい道のりが待っていることは、多くの事例で明らかであろう。
コカ・コーラは、時代が変わればその時代の価値を売り、また進出する国や地域の特性に見事に合せて強いブランドを築いて来たといわれている。しかし一方で、神話的に語られている原液の処方箋(そのオリジナルは、融資担保の役割を果たすなどして永年アトランタの銀行の金庫に保管されていたが、創業125周年を迎えた昨年コカ・コーラ博物館の保管庫に移されている)は、不変ともいえ、また市場に約束し続けてきたメッセージは「Always Coca-Cola・・・・・・always thirst-quenching, always good with food, always cool, always a part of your life」(いつでもコカ・コーラ・・・・・・いつも喉を潤し、いつも食事に、いつも冷たく、いつもあなたの生活の一部です)であり、他の商品や企業との特段の差別化を主張したものではないシンプルであたりまえ(普遍的)なものといえよう。
各政党が掲げるマニフェストや公約が国民へ誓う約束と位置付けられるとすれば、国民からの信頼はその約束を果たして初めて得られるということを、強いブランドの存在と履歴は教えてくれている。事情によって約束を代えるようであれば、十分に丁寧な説明が必要になる。