ユーロ圏の金融危機と今後の展望
- 「貿易立国」日本に課せられた試練 -
大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター顧問
激動のヨーロッパ
2007年7月に始まった金融危機は、2008年秋のリーマン・ショックに至って、金融システム全体を大きく揺るがす問題にまで発展してしまった。この金融危機を乗り越えて、金融システムを維持するためにユーロ圏が最優先に取り組むべき課題は、「財政赤字の削減」と「銀行の増資」である。
ギリシャをはじめイタリア・スペインにおいても、財政緊縮政策を推進することによって、これ以上の国債価格の下落を防止しようとしている。しかし、ギリシャ・イタリア・スペインの新政府が、国民の反対を押し切ってまで、厳しい財政緊縮政策や構造調整を進めることができるかについては懸念がもたれている。イタリアの新内閣のメンバーはエコノミストなどの「素人」集団で構成され、政治家は皆無である。スペインは、与党の財政政策を批判して勝った国民党の議員が閣僚になるとみられている。
1つの中央銀行と17の財務省をもっているユーロ圏である。統一通貨ユーロの創出によって経済統合の面では最終段階にあるものの、政治統合の面では第一歩を踏み出したに過ぎない。このように政治・経済の統合段階がアンバランスな状態のもとでユーロ圏を維持し、ユーロという統一通貨を安定させることは、かなり困難になりつつある。
大統領選挙(2012年秋)のアメリカ
2012~2013年は、EU主要加盟国のフランス、イタリア、ドイツが続々と大統領選挙や総選挙に突入する選挙イヤーである。
そして、米国も同様である。米国では、2012年の大統領選挙に向けて、民主・共和両党が成長・雇用の増加・増減税などの経済分野で自党に有利な政策を実現させなければならない状況になっている。両党ともお互いの支持率を見ながらのツバぜり合いの交渉となるため、大統領選挙までは格差社会の是正、財政赤字の削減等を含めた政策での合意を得ることは難しい。一方、ニューヨークの銀行・投資銀行も、ヨーロッパの影響を受け、不良債権の増加を懸念せざるをえなくなっている。
新興国・途上国の状況
このように世界経済における主要国の動きが鈍くなる状況では、新興国・途上国の高成長をもってしても、世界経済の下降を止めることは困難であろう。IMFは2011年・2012年の世界経済の成長率を4%とみているが、下方修正をせざるを得なくなるのではないか。中国・インドはヨーロッパ向けの輸出比率が20%近くあるため、ヨーロッパ経済の不調を受けて成長は下降することとなり、世界経済を牽引することは遅かれ早かれ期待できなくなるであろう。
日本の今後の見通し
この世界的規模の経済の下降は、日本に対してもマイナスの影響を与えている。懸念されるのは「成長率の低下」と「貿易黒字の減少」である。6月号でも述べたが、日本は中長期的に見た場合、ドイツなどと同様に少子高齢化が進んでいく。IMFのエコノミストの試算によれば、2050年頃までに14%の人口減少が見込まれている。この結果、日本の成長率は0.8%ポイント低下し、経常収支黒字はGDP比2.5%ポイント減少する。日本の経常収支黒字が消えてしまうことになる。
東日本大震災によって、上記の成長率の低下と経常収支黒字の減少は、2050年より5~10年早まる可能性がある。日本の貿易収支の黒字は1965年以降、2度の石油危機の年を除いて現在まで続いている。ところが、2008年下期と2011年上期は食糧品価格とエネルギー価格の上昇によって貿易収支は赤字になってしまった。日本は、輸出で稼いで食糧やエネルギーを輸入している「貿易立国」である。従って、貿易収支が赤字になることは由々しき事態である。
日本における貿易の重要性
日本の経済は内需拡大を大きな目標としてきているが、やはり「日本の生命線」は輸出である。しかし、今後日本は少子高齢化に加えて、東日本大震災に対する財政対策、福島原子力発電所の事故による電力不足、円高の影響など貿易立国に対する重大な試練を迎えることになる。日本の戦略としては、円高の是正、規制緩和および貿易自由化を進めることにより、輸出を維持していかなければならない。その意味でTPPおよびASEAN+3、ASEAN+6による広域自由貿易圏に参加することが望ましい。
ご存知の方も多いと思うが、EU本部のあるブリュッセルで一番人気の絵葉書に「イギリス人のようにグルメで、フランス人のように謙虚で、イタリア人のように秩序正しく、ドイツ人のようにユーモアを解し、スペイン人のように地味で、・・・」というのがある。もちろん、日本人については言及していないが、さしあたり「日本人のように暴れん坊で」といったところかもしれない。
日本は自動車、電機・電子産業の高い技術力によって輸出を伸ばし、貿易収支の黒字を維持してきた。円高や震災の影響を最小限におさえるとともに、「日本の生命線」である貿易収支の恒常的黒字化に向け、本当の意味で今まで以上に「暴れん坊」になるよう努めなければいけないと思う。