生活福祉研究通巻78号 巻頭言

未来を切り拓くアントレプレナー輩出への期待

鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授

3・11の東日本大震災発生から半年が過ぎているが、被災地の方々の安住感のない苦難と復興に向けての長い闘いを知ると、この国難にわれわれは「日本一心」のもとに一人ひとりが、さらなる力を尽くし支援・協働を続けなければならないことを強く思うのである。

今から半世紀前の1961年1月20日、第35代アメリカ合衆国大統領に就任したJ.F.ケネディの就任演説は、いまでも歴史に残る名演説とされている。・・・・let us explore the stars, conquer the deserts, eradicate disease, tap the ocean depths and encourage the arts and commerce.(・・・・皆で天体を探検し、砂漠を征し、病気を根絶し、深海を開発し、そして芸術やビジネスを奨励しよう)・・・・そして、My fellow Americans, ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.(国が何をしてくれるのかを求めるのではなく、皆が国のために何が出来るのかを問おう)と締め括られたこのスピーチは、アメリカだけでなく、冷戦の緊張感に充ちた世界中に伝えられ、当時の日本の学生たちにもインパクトを与えた内容であった。その後1960年代中頃、アメリカの西海岸で学ぶ機会があったが、(当時はすでにジョンソン大統領の時代であったのではあるが)多くの学生仲間がこのケネディの言葉をよく口にしていたことを覚えている。印象的であったのは、「アメリカの大統領は世界の歴史を変えられるが、それを実現するのは自分たちだ・・・・」といった少々高慢とも思える気概のようなものを、勉学心旺盛な学生たちは持っていたことである。その中には、平和部隊に参加し発展途上国の開発に貢献した者、アポロ計画のロケット噴射装置の開発に力を注いだ者、犯罪者や麻薬患者の心のケアをする大学病院の医者になった者、そして従軍してベトナムで若い命を落とした者などがいた。とくに、経営大学院の学生では、大企業や中堅企業に就職し、トップ幹部になり事業の拡大や新事業の推進をし、あるいはその後独立し自ら事業を創める道を選び、アメリカの経済的活力向上に大いに貢献した者も多い。

ケネディの投げ掛けたこのメッセージは、多くの若者に強い影響を与え、新しい分野を切り拓いたり、多くの分野での創造や革新の担い手として活躍するアントレプレナー(困難に立ち向い新しい物事を始め成し遂げる人)を生み出し、国の発展に繋げたことは間違いないと思うのである。

そして、20年後の1981年1月20日就任のR・レーガン大統領は、国民一人ひとりの行動や才能を創造的活力に変え国の再生を図ることを唱えたが、これものちのシリコンバレーを中心とした米国のアントレプレナーの輩出と国力の向上に繋がったものと思われる。偉大な経営学者P・ドラッガーは、未来は誰にも分からないがその未来を創り出すのはアントレプレナーであることを教えている。アップルを創業し、ついには時価総額を世界一にし、現役引退を表明し、間もなく亡くなったS・ジョブスの足跡を辿れば、そのことは明らかであろう。

わが国では、慶応・明治時代に福澤諭吉が「独立自尊」の精神を唱え、国に頼らず国を支える人材を各界に多く輩出し、それによって近代日本の基礎を築く重要な貢献をしたことを思い起こさせる。そして、敗戦後の国の再生期には、新しい産業や事業の創造、新技術や製品・サービスの開発と実用化に挑戦しやり遂げた企業家が多く生まれ、その成果は、小売・流通、住宅、食品、電機、自動車等々、今でもわれわれの生活の中心的基盤になっているものが多いといえよう。しかし、最近では“失われた20年”といわれるわが国の状況をはっきりと示すかのように、世界を驚かすような革新的事業や企業家の登場は希であり、さらには人々の意識や活力の沈静を表す調査データや分析結果が散見されるようになっている。

先日、大阪にある大阪企業家ミュージアムを訪ねる機会があったが、そこでは、「企業家たちの高い志、勇気、英知を後世に伝えると同時に、その気概を人々の心に触発することを通じて、企業家精神の高揚、次代を切り拓く人づくり、ひいては活力のある社会づくりをめざすもの」とし、各種展示やサービスの提供がなされている。とくに大阪を舞台として社会に貢献し、活躍した企業家105人の生い立ちから活躍実績等を画像・音声を交えてデジタルアーカイブ化したもの、さらにはそれら企業家の伝記・自伝など関連資料をライブラリーとして用意し、来場者に提供している。来場者は企業人だけでなく、研究者、有識者、学生などが含まれ、著名な先達企業家の足跡や資質に触れ、立体的にその人物像を感じ知ることができるのである。そして次代を担う企業家やリーダを生み出すための啓蒙の場として、さらなる内容や運営上の充実が期待される。

このミュージアムでは、当然ではあるが、パナソニック(旧松下電器産業)の創業者で、晩年国のリーダを育てるための松下政経塾を創設した松下幸之助翁のアーカイブや資料から学び、感じるものは多い。アーカイブや各種資料、とくに政経塾の塾是・塾訓等から翁の企業家としての特質をキーワード的にピックアップしてみよう。「理念探求」「素直な心」「衆知を集める」「自修自得」「素志貫徹」「先駆開拓」「融通(ゆうずう)無碍(むげ)」「変化適応」「感謝・協力」「全責任」「謙虚・自制」「反省」等々われわれの日常では忘れ去られてしまったような言葉や考えも多いが、企業家やリーダのもつべき普遍的な資質や心構えを示してくれている。

新しい内閣が成立し、いよいよ動き出しているが、政治家としての敬意をケネディ兄弟にいだき、松下政経塾の第一期生として幸之助翁の薫陶を直々に受けた野田佳彦総理のリーダシップによって、アントレプレナーシップが漲る国への再生を実現するように大いに期待したいところである。