生活福祉研究通巻77号 巻頭言

弱い円、強い日本
- ドルとユーロはどうなる -

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター顧問

日本の成長率および経常収支見通し

中長期的にみた場合、日本は一部のヨーロッパの国と同様、少子・高齢の国になる。IMFのエコノミストの試算によれば、日本は2050年頃までに14%の人口減少が見込まれている。この結果、日本の成長率は▲0.8%ポイント低下し、GDP比でみた経常収支は▲2.5%ポイント減少する。それによって、日本の経常収支黒字が消えてしまうことになる。問題は今回の東日本大震災で、上記の成長率低下および経常収支黒字の減少がさらに進むのではないかと懸念している。成長率で言えば、日銀は今年の成長率を0.6~0.7%位を見込んでいるようである。4月に出たIMFの経済見通しによれば、日本の2011年の成長率は1.4%であったが、それが半分になるということでかなり深刻な見通しとなっている。ただし、2012年には、落ち込んだ分が回復すると期待されるので、2012年の成長率はIMFの見通しのように2%を超えるのではないか。

経常収支では4月から貿易収支が赤字になっており、これは2008年と若干似ている。2008年は食料品価格が上昇し、エネルギー価格も上昇したため、8月から2009年1月まで貿易収支が赤字になった。同じことが、より大きな金額で繰り返されることが懸念される。我が国の貿易収支の黒字は、1965年以降2度の石油危機を除いて昨年まで続いている。日本という国は、輸出で稼いでエネルギーや食糧を輸入している。従って、日本にとって貿易収支が赤字になることは由々しき事態である。

ドルに対する見方

為替相場を考える時には、ドルについては米国、ユーロについてはユーロ圏の各々のGDPあるいは財政の赤字の動向が重要な要素である。米国について言えば、中央銀行による国債の購入は6月で終了する。金利は年内の引き上げはないだろうとみている。従って、ドルが強くなる要因を見出すことは難しい。所得減税等は昨年末2年間延長したことにより、財政面からの刺激が残っている。ただ、民主党と共和党による債務上限引き上げ法案の交渉と3ないし4兆ドルの財政赤字削減交渉の推移如何では、ドルが強くなる可能性は残っている。

ユーロに対する見方

ユーロ圏については、昨年10月の「調査報」の巻頭言に書いたところであるが、繰り返すと、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルの3カ国の財政の赤字および構造調整政策の遅れが、ユーロの足を引っ張っている。しかし、ECB(欧州中央銀行)のトリシェ総裁が4月13日に政策金利を0.25%引き上げた。また、近く再度の引き上げの可能性が囁かれている。このことは、ユーロを強くする要因である。ユーロは、これらの要因により揺れている。

ユーロ圏の財政赤字問題

ユーロ圏の優先課題は、財政の赤字の削減である。1つの中央銀行と17の財務省を持ったユーロ圏は、GDP対比で3%以内に財政赤字をおさえるとの協定により、かろうじて金融政策と財政政策の整合性を保ってきた。ところが、2007年以降の世界経済の下降にあたって、ユーロ各国は財政刺激策を取った。その結果、財政の赤字は2010年にドイツですら3.7%、フランス7.7%、イタリア5.0%、オランダ5.8%となり、PIGSで言えばポルトガル7.3%、アイルランド32.3%、ギリシャ9.6%、スペイン9.3%と財政の赤字は増加している。

EUは、2013年末でGDPの3%以内に財政赤字を収めることを最優先課題としている。しかし、ポルトガル、アイルランド、ギリシャは赤字を3%以内に収めることは難しいと思われる。ユーロレートは、GDP、財政赤字、金利政策で考えておけば良いのだが、その予測は大変に難しい。

IMFとEUの支援体制

現在、ドイツのユーロ建国債が3.0%であるのに対し、ギリシャの10年物国債は16.7%、アイルランドの10年物国債は10.9%、ポルトガルは9.7%と大変な開きが出ている。5月20日にポルトガルに対するEUとIMFの支援が整った。総額780億ユーロのポルトガルに対する支援が決まったことであり、少しは金利が下がるとみていたが、そうはならない。ユーロについては、当分、目が離せない状況が続くであろう。IMFは、専務理事が不名誉な犯罪で職を離れたが、彼のユーロ圏諸国に対する支援は次のIMF専務理事に引き継がれるだろう。目下のところ、フランスの経済・財政・産業大臣クリスティーヌ・ラガルド氏が最有力候補である。彼女が専務理事になると、IMF始まって以来初めて女性がトップに立つ。

強い日本

先程も述べたように、日本は自動車、電機・電子産業の高い技術力によって輸出を伸ばし、貿易収支の黒字を維持してきた。

今回の東日本大震災の影響によって、「弱い円、強い日本」が「弱い円、弱い日本」とならぬよう、皆がひとつになって頑張り、震災の影響を最小限におさえなければいけないと思う。