生活福祉研究通巻76号 巻頭言

ネット社会到来が教えること

鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授

高度情報化、IT革新の進展、ネット社会の到来等々が未来社会の方向を示すキーワードとしていわれるようになって久しいが、2009~2010年はインターネットが人々の生活の中に広く行きわたり、社会の基盤として大きな役割を示す存在になっていることを改めて認識させられるエポック・メーキングな年になった。企業と生活者を結ぶ社会基盤とも呼べるチャネルやメディアでの大きな変動である。

小売業界を概観すると、小売チャネルとして昔から中心的な位置付けにあった老舗群・百貨店業界の年間の売上(7兆円)をインターネット小売販売(消費者向け電子商取引等)がこの年に抜いたのである。1990年頃は小売業の雄として12兆円の売上を謳歌していた百貨店が年々その規模を減らしていく一方で、インターネット販売の勢いは急であり小売業界での伏兵のような存在として百貨店を追い抜き、いまや個人消費が伸び悩む中シェアを伸ばし続けているコンビニエンスストア業に急追しているのである。

また、メディアの世界でも同じようなことが起こっている。1970年代ではテレビを抑え最大の広告メディアであった古豪ともいえる新聞が、すでにインターネット広告に売上げ(7兆円)で抜かれているのである。

すなわち、2009~2010年で新旧交代とも思える変化が社会基盤としてのチャネルとメディアの世界で起こったのである。これまでの主勢力としての百貨店や新聞も独自にインターネット機能を取り込むなど、業態変革による復活を模索するなか、ここしばらくは、新と旧の間での主役の座を争うせめぎ合いがみられると思われる。しかし、大きな流れを考えるとインターネットを基盤とした新しいチャネルやメディアが主導権を握る主役交代の時代が来るとみるのが自然といえよう。

このような変化を裏付けるような貴重なデータが発表されている。民間の大手研究機関が3年おきに10年以上も継続的に実施している調査(NRI生活者1万人アンケート調査)の結果である。このデータをみると、インターネットの利用率(月1回以上利用する者の比率)は、1997年では2.6%であったのが、2009年には60.1%と急拡大している。また、インターネットで買物をする人の割合(インターネットショッピング利用率)は、1997年ではゼロ、2000年に4.8%であったのが、2003年13.8%、2006年23.3%と上昇を続け、2009年には30.4%と着実な伸びを示していて、さらにこれを年代別にみてみると若年から老年まで各年代すべてにわたって拡大しているのには驚かされる。とくに、30代では44.4%、20代では47.4%と、男女の差はあまりなくほぼ半分の者がインターネットを通して買物をしていることが明らかになっている。これら20代、30代の人々は中・長期的な視点で考えてみると、今後の消費生活をリードする人々が多く含まれているわけであるが、その特徴は、自分の欲しいと思う商品やサービスを十分検討、探索し、価格の面でもなるべく安く、有利なものを選ぼうとする賢い消費者といえる。彼らにとってインターネットから得られる情報は便利な道具であり、強力な味方となっているのである。商品の良し悪しやその評判、そして価格の動向を知るために欲しい比較情報はインターネットを活用すれば、こと欠かない。そのような情報を探している過程でも、欲しくなるような新しい商品の案内と広告がタイミングよく提示されることもあり、その新商品の既購入者間で拡がっている評判も比較的容易に分かるのである(ときに気を付ける必要もあるのだが、企業側が一消費者に‘なりすまして’流している偽情報も出現している)。

SNS、ブログ、掲示板、ツイッターといったインターネット上の仕掛け(サイト)の中で消費者間で交換・倍増される判断情報は、商品やサービスを売る側の企業が提供する情報を超え大きな力を持ってくるようになろう。企業側が提供する商品やサービスに関する情報をコントロールし対消費者との取引での優位性を保持する「情報の非対称性」の逆転現象も、このような賢い消費者層、さらには手強い消費者層の拡大によって生じつつあるといえよう。そして今後飛躍的に進化、多機能化し続けるであろう携帯電話(スマートフォン)や電子書籍など情報端末(タブレット)の出現は彼らの消費者・生活者としての立場を益々パワフルにすることになると思われる。この現象は、いま大きな話題となっているウィキリークスが米国をはじめ各国の政府や体制を悩ますように、少し静かにではあるが企業経営側を悩まし続けることになるかもしれない。

ところで、インターネットでの情報伝達は瞬時に時空を超え多くの人々の間で双方向になされ拡大するのであるが、他方で情報の断絶現象に出逢うこともある。中国などで聞かれる情報統制や断絶ではなく、ごく普通の日常で経験できる。

一例をあげると、私の教える大学のゼミナールでは卒業を前にして夏休みに学生達のイニシアティブで毎年旅行をする。コストパフォーマンスの良い宿や遊覧し飲み会をする場所を学生が前もって皆で探すのである。当然インターネットでの検索が強力な武器となる。昨年度は留学生もいるので京都に行くことになった。マレーシアからの留学生のTan君が英語の検索サイトで探し、皆で決めた宿は安く質も良く、忘れられない思い出を残してくれた。宿泊者は欧米やアジアからの外国人の若者が殆どで日本人はわれわれ以外にはいなかったが、夕刻からはロビーで言葉の壁を乗り越えて楽しい交流があり、皆大満足で一夜を過ごした。日本人の学生では探せなかった最高の宿へ、英語での検索が導いてくれたのである。

新興国の力強い経済発展等が牽引する新しいグローバル化が進むなか、われわれだけがインターネット内の僻地にならないようにしなければならないと、未来への人材の育成に多少とも携わる教師としては少しばかり複雑な気持ちにさせられた旅行でもあった。