生活福祉研究通巻75号 巻頭言

ユーロの安定を最優先するEU

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター顧問

急激な円高の進行に対し、9月15日、日本政府がようやく円売り・ドル買い為替介入を実施した。その効果については少し長い視野でとらえなくてはならない。しかし、介入規模がわずかであったとしても、“政府はこのレートを不愉快とみている”と為替市場に伝えることができた。

2007年8月に始まる金融危機による経済の減速に直面した各国政府が大幅な財政出動を行い景気回復を目指す中で、円が一時、1ドル=70円台をうかがう勢いになった。ドルだけでなくユーロに対しても上昇、独歩高となったこともあり、介入に踏み切ったものである。アメリカ、EUとも自国通貨安で輸出が伸びていることから協調介入に応じる訳がなく、日本の単独介入となった。住宅投資など内需に不安を抱えるアメリカは、来たる中間選挙での劣勢が伝えられるオバマ大統領自らが景気回復のために輸出振興を唱えドル安を容認している。EUも、財政赤字削減を優先しており円高への関心は薄いままだ。

特に、ギリシャの財政危機が象徴するソブリンリスクに直面しているEUは、景気回復を優先し財政健全化は後回しというスタンスのアメリカが強く反対しようが、EU加盟国それぞれの財政赤字を2013年までにGDPの3%以内におさえることを最優先する姿勢をとっている。ユーロという通貨が揺さぶられるのを防ぐためである。

こうしたEUの姿勢は、ドイツを中心とするEU主要国の通貨ユーロに対する確固たる考えを背景としている。なかでも、ドイツには、「年金が現役時代の90%以上支給され(ドイツは45%)、しかも脱税天国だという国ギリシャをなぜ支援しなければならないのか?」という国民の批判があるにもかかわらず、ユーロを捨てられない。つまり、戦後長らく分裂国家となっていた東西両ドイツの再統一という悲願を実現させた際、再統一に最後まで反対していたミッテランを納得させるために「最も強い通貨マルク」を捨てたという、歴史的な妥協の産物がユーロなのだ。また、フランスにとってもユーロは「一つのヨーロッパ」の象徴である。

では、なぜ、財政赤字3%以下なのか?

EUは、現段階では、一つの連邦政府ができているわけでもなく政治統合はまだまだ遅れている。しかし、経済統合の面ではユーロという共通通貨を創出し最終段階に来ている。そして、ユーロ圏内の物価の安定を主たる目的とする唯一の中央銀行である欧州中央銀行(ECB)が、EU加盟16カ国の財務省に働きかけるかたちでユーロの安定を図る構造となっている。その16カ国との政策の整合性を担保するのが「財政赤字を対GDP比で3%以内に抑える」というマーストリヒト条約の安定成長協定である。

ユーロ圏の財政赤字問題は、2007年8月に始まる金融危機、世界経済の下降によって引き起こされた。リーマンショックの影響から景気が悪化した際、ECBがEU各国に対し景気刺激策を打つよう希望したこともあるが、各国とも、景気回復に力を注ぐあまり、GDP比3%以内に財政赤字をとどめることを棚上げせざるをえなかった。しかし、今回のように、安定成長協定の維持が危うくなったとみなされると、投機筋や機関投資家に狙われ、ユーロが揺さぶられる。EUにとっては、景気を回復させたいとはいえ、ユーロという通貨を守るには「財政赤字を遅くとも2013年までにGDPの3%以内に抑制する」ことが至上命題なのである。財政赤字の削減は、EU各国の最優先課題であり義務なのだ。これが、アメリカが懸念を表明してもG8、G20といった国際会議でEUが「財政赤字3%以内」を頑として譲らない理由である。

ちなみに、財政赤字はEU各国でレベルに差がある。意外と良いのがドイツ(GDP比で2009年3.3%の後、2010年5.0%、2011年4.7%の予想。以下同)、フランス(7.5%、8.0%、7.4%)、イタリア(5.3%、5.3%、5.0%)で、オランダ、ベルギーも比較的良い。悪いのはギリシャ(13.6%、9.3%、9.9%)、アイルランド(14.3%、11.7%、12.1%)、スペイン(11.2%、9.8%、8.8%)だ。16カ国全体では2009年6.3%の後、2010年6.6%、2011年6.1%と予想されている。

いずれにしろ、ユーロ圏では、財政健全化が優先されることから、緩慢な景気回復を余儀なくされ、EU全体の実質経済成長率は、IMFの予測(2010年1.0%、2011年1.6%)のように低成長にとどまりそうだ。

ユーロの安定を図り、ドルに対抗する強い通貨にするためには、ひとつの中央銀行(ECB)と16の財務省の連携をどうやって維持するかが重要である。金融政策と財政政策の整合性を保つことが必要である。ドイツでさえGDP比5%、フランスは8%、ギリシャやスペインなどに至っては10%前後の財政赤字を抱えているので、ユーロの安定性が揺らぐのは当たり前といえる。2013年までに「GDP対比3%以内の財政赤字」を実現せざるをえない。それまで、ユーロは不安定な動きを続けざるをえまい。