生活福祉研究通巻74号 巻頭言

電気自動車が問いかける‘ものづくり’の未来

鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授

わが国の将来へ向けての閉塞状態を打破するための成長戦略が議論されている。新しい需要をつくりだし、それによる富が広く循環する経済構造の構築のために、科学技術力や精神文化力などソフトパワーから創発されるイノベーションに期待がかかる。また、日本のお家芸ともいえる、つくり手の想いが隅々まで行き届いた精度の高い‘ものづくり’の精神と技術を産業の基盤の核にすべきとの議論も根強い。

わが国の産業の基盤となり、経済を牽引し、その技術の裏付けを世界に認識させてきた代表的な最終製品は「家庭用デジタル機器」と「自動車」だが、この代表的なグローバル製品も‘ものづくり’の観点からみると、基本となる設計思想はかなり異なる。単純化すると、家庭用デジタル機器は「選択・組合せ(modular)型」、自動車は「すり合せ(integral)型」という設計思想だ。

「選択・組合せ型」では、製品をつくる際、製品の機能や部品が標準化されていて、それらを選択し組合せればよい。仕様に合った安価で良質、適切な汎用部品を世界中から選び組立てれば顧客満足の高い製品が提供できる。PCメーカーの米デル社の成功の方程式はこの考え方に基づいている。PCの周辺・関連産業の構造が地平を越えフラット化しオープン化しているので、世界中から競争力のある部品を選りすぐり調達することが容易に可能となる。そして、1990年代に入り、多くの家庭用デジタル機器分野で台湾や中国、韓国等の新しいプレヤーがこの方式に従い市場に参入し、低価格化が急速に進み、わが国のメーカーはそれらに追い上げられ苦境に立たされてきた。また、いま大きな話題を呼んでいる米アップル社のiPhoneやiPadも、中核部品は独自開発されているが、基本的には汎用部品を組合せ設計し、中国や台湾の会社に生産委託している。ビジネスとしての躍進においては、誰でもがソフト開発に参加できるオープンなプラットフォームの整備は勿論、強力なブランド力とカリスマ的製品の企画・開発力に支えられている。

一方、「すり合せ型」では、製品をつくり込む際、その製品の機能や部品の多くを固有で独自の設計にしているため、すり合せが必要となる。各社が最優秀な技術者を投入し開発する自動車エンジンは、メーカーごと、車種ごと、年式ごとに独自のノウハウや技術を結集しており、他社や他車との差別化、独自性を誇る。3万点を超えるという部品の中で電子制御部品のウエイトは急速に高まっているが、それらを含む主要部品も「すり合せ型」のものづくり思想に沿った固有で独自な設計や仕様である。このため、大手自動車メーカーの生産システムは部品メーカーを傘下に従えた巨大なすり合せ・垂直統合(ピラミッド)型となっている。この方式をもとに、自動車メーカーは先進諸国を中心とした顧客ニーズの高度化・多様化に対応し、‘ものづくり’の代表として近年の日本経済を支えてきたといえよう。ところが、一昨年のリーマンショックは、この磐石と思われた自動車産業を大きく揺るがし、以来、自動車産業を取り巻く環境は大きく様相を変えた。一つは中国やインド等の新興国市場の力強い拡大、第二はCO2削減化へ向けた電気自動車(以下、「EV」)などエコ対応技術の進展と普及、第三はベンチャー企業など新規参入プレヤーの増大・多様化、第四の動きとして業界の世界的再編と連携の加速である。これらは相互に因果となり密接に関連し大きなうねりとなって進んでいく可能性がある。

本年は「EV元年」ともいわれ、その出現・普及は、これまでの自動車のつくり方を大きく変えてしまうといわれる。ガソリンエンジン中心の機械制御系の自動車にくらべ、モーターを中心に電気制御で動くEVは、つくりが簡単になり、当然部品点数もかなり少なく、組立ても容易で、すり合せ要素が極端に減ると考えられる。特に急拡大を続ける新興国市場では、そこで求められる安価で簡素な自動車のつくり方には良く適合するようにも思える。実際、新興国市場で登場した韓国や中国の新規参入企業は、つくり手が納得いく‘ものづくり’というより、初めての顧客でも買いやすい‘商品づくり’に注力し、部品を内外から調達し組立てる「選択・組合せ型」で事業展開をし始めている。EV普及には、それを支える電池の性能と価格、電池素材の希少性への対応、充電スタンドなどインフラ整備、安全性・社会性の確保等々の数々の課題が待ち受けているが、世界を見渡せばEVへの取組みの勢いは止まらず、参加プレヤーも増大し続けている。

家庭用デジタル機器の例として示したPCについていえば、もともとコンピュータ業界は盟主・IBMに代表されるすり合せ・垂直統合型の典型であったが、技術革新、新プレヤーの登場、新市場の拡大といった環境変化により、選択・組合せ型の水平構造的産業に変質してきた経緯がある。技術が成熟化し標準化されれば、多くのプレヤーが参加し易いオープンな条件が整い、限られた者だけが大きな利益を得ることは一般に難しくなる。そして、産業の発展、成熟化による選択・組合せ型化、フラット化、製品のコモデイテイ化の流れは必然であろう。

果たして、自動車業界の今後は「すり合せ型」か「選択・組合せ型」か?私が籍を置く中部大学が実施した「有識者および経営者アンケート調査2010」では、今後10~15年での自動車産業の構造は依然「すり合せ型」とする回答の比率が52%で、「選択・組合せ型」に変化するとの比率43%を上回り、特に、中部圏の製造業関連者の回答は「すり合せ型」に大きくシフトしている。一方、全体でみると、日本のお家芸ともいわれる「すり合せ型」の支持率は、昨年の62%から年々明らかに減っていく傾向にあり、なかでも、電気自動車などエコカー化の流れがグローバルに進んでいくとの認識をもつ回答者では「選択・組合せ型」支持が圧倒的に多い。

中部大学の研究「中部圏の産業クラスターの発展と課題」によれば、中部圏は自動車産業中心の典型的な「すり合せ型」産業の集積地であり、‘ものづくり にっぽん’の中核との自負もあり、比較的閉ざされた系の中にある。オープンイノベーションの源泉となる「智」の拠点(大学・研究機関、専門サービス機関、ベンチャー企業等)との交流や連携も首都圏などとくらべるとかなり少なく、独自の展開をしている。これは、必要な知識や技術を自前で有し、他に頼らずとも済む磐石な体制があるからともいえるが、こうした自己完結型組織は新しく生じる急激な、とりわけグローバルな規模で起こる変化には脆い面もある。中部圏は「智の神の潜む杜」的な、奥行きのある地域とでも言えるが、「智の神は万物に宿り、時空を瞬時に越える」電気自動車の時代のパラダイムとは少々距離がある地域でもあり、今後の変化への対応に予断は許されない。