生活福祉研究通巻73号 巻頭言

ギリシャの財政赤字問題と世界の金融市場

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事長

ギリシャの財政赤字問題は、2009年10月の選挙の後、パパンドレウ党首への政権交代をきっかけに浮かび上がった。10月までの前政権は選挙に勝つために財政赤字を過小に計上していた。新政権はこの財政赤字を、08年はGDP対比5%から7.7%へ、09年は3.7%から12.5%へ大幅に上方修正した。このような財政赤字は、EUの「安定・成長協定」によって定められた「GDP対比3%以内に抑える」という基準を大幅に超過することになり、衝撃を持って受け止められた。

新パパンドレウ政権は2010年予算案に酒・たばこ税の増税、歳出削減、年金支給開始の先送り、徴税強化など総額80億ユーロ規模の赤字削減策を織り込んだ。この予算案により、財政赤字をGDP対比12.7%から9.1%に削減することにした。

EU各国の高官達のギリシャに関する発言内容は、次のように、かなり手厳しいものである。

「ギリシャの財政問題は深刻であり、財政赤字削減のために厳しい策を取るべきである。」

「ギリシャのような国は財政赤字をコントロールするだけでなく、経済政策の根本的な思考を再構築する必要がある。」

「ギリシャが独自に解決すべき問題であり、他国が手を差し伸べるのはおかしい。」

「EUやIMFが支援するというのは馬鹿げている。」

「ギリシャのような国が、なぜEUに加盟できたのだろう?」

パパンドレウ首相は、3月3日に追加の財政削減策を決定し、欧州主要国の理解と支援を得るために外遊を始めた。ギリシャが最も頼りにしていたドイツのメルケル首相は、具体的な施策への言及を避けるとともに、ギリシャの追加的政策への支持と、投機筋に対する対抗策への検討などに触れるに止めた。具体的な資金調達条件の緩和策こそ得られなかったものの、ドイツの対応は、ギリシャにとっては大きな前進となった。

さて、多くのドイツ国民は、ギリシャを馬鹿げた国と見ている。国民の実に4分の1が公務員であり、あまりにも大きな政府であること、正確な所得捕捉が出来ない状態で脱税天国となっていることなどからである。EU加盟国で最大のEU予算受益国であるが、非効率ないし汚職の蔓延で正しい予算執行がなされていない。一方、ドイツは最大の資金提供国であり、律儀者のドイツ国民にとって、ギリシャは全く理解しがたい国となっている。こうした現状の改善に取り組もうとせず、大規模ゼネストやデモに訴えているギリシャ国民に対し、「支援をよし」とするドイツ国民は見当たらない。地方選挙を抱えているメルケル首相にとって、このようなドイツ国民の声を無視することはできない。

他方、地方選挙で負け続けているフランスのサルコジ大統領は、政敵が専務理事を務めているIMFの支援を受けさせたくないのではないか。

ギリシャに対する資金面の支援について、独、仏の考え方に違いはあるが、3月25日のユーロ圏首脳会合では、バイラテラル融資とIMFの関与を組み合わせた支援策を決めた。ECB(欧州中央銀行)のトリシェ総裁はIMFの関与が認められたことで、ご機嫌が悪いだろう。

ギリシャに対するバイラテラルな支援が仮に行われれば、次はポルトガルやスペインに波及するという懸念も、ギリシャに対する支援を慎重にしている。“PIGS”(ポルトガル・イタリア・ギリシャ・スペイン)という言葉を外国紙が使っているが、言い過ぎだろう。

ギリシャは借入金の返済期日が近づくにつれ、ユーロ建ギリシャ国債を発行して借り換えをしようとしている。しかし、ユーロ建ドイツ国債10年物債が3.25%程度の金利で発行しているのに対し、ギリシャのユーロ建国債10年物債は金利を6.25%~6.5%にしないと発行できない状況である。ギリシャは530億ユーロの発行を計画しているといわれる。

人口僅か1,100万人のギリシャが、財政赤字問題で世界の株価や為替相場に影響を与えているということは驚きだが、これはマーケットがグローバルになっていることの証左であろう。

いずれにせよ首脳会議で、ギリシャへの金融支援の枠組みが決まったことにより、ユーロの安定、世界の株式市場、為替市場への悪影響が軽減されるものと思われる。

ギリシャを含めユーロ圏の国々は、2013年までに、「安定・成長協定」の「財政赤字をGDP対比3%以内に抑えること」に戻ることになっている。このことは、今後、景気回復に対する財政刺激策が打ち切られ、財政赤字削減優先の政策になるものと見込まれる。米国も2014年に財政赤字を4%以内に収めると言っている。

ジョークと思われるかもしれないが、日本も2015年に財政赤字をGDP対比5%以内に収めるという目標を打ち出したらどうだろう。