生活福祉研究通巻72号 巻頭言

パワーシフト
東京モーターショーからの考察

鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授

昨年の11月はじめに千葉の幕張メッセで開催されていた東京モーターショー2009へ足を運んだが、今回は前回(2007年開催)とくらべてその雰囲気が変わっていた。海外の自動車関連メーカの参加は殆んどなく、全体的に展示車数等もかなり少なく、また来場者もいつもより大きく減っているように感じた。全体がかなり、コンパクトで質素なモーターショーになっていたような印象である。2008年9月のリーマンショックを挟んでの違いが、2007年と2009年の2つの幕張での自動車の祭典の変化に鮮明に出ていたといえる。

出展各社の共通テーマは環境(エコ)対応であり、ガソリンエンジン車の低燃費化技術の一段の深化は勿論、ガソリンエンジンと電動モーターを併用して走るハイブリッド車(HV)や、無公害のゼロエミッションカーと呼ばれる化石燃料を使わない電気自動車(EV)、さらには燃料電池車(FCV)、水素ロータリーエンジンの搭載車など、その方向は多彩である。また、一時わが国の乗用車の新車市場からまったく姿を消していたディーゼル車が、排気ガス内の窒素酸化物や粒子状物質等の除去をほぼ完璧化したクリーンディーゼル車として特異な存在感を示していた。欧州などでは、高速・長距離運転など走行条件や環境基準でのわが国との違いもあり、乗用車需要の主軸は、ハイブリッド車を含むガソリンエンジン車ではなく、このクリーンディーゼル車になっていると聞く。

エコ対応は、各国自動車ショーでの以前からの重要テーマではあったが、今回は「未来の自動車の提案」の域から脱し、実需に裏付けられた現実味のある出展が多く見られた。まさに、車を動かす動力源(パワー)がガソリンから電気等へ多様にシフトしてきているとの実感が持てた展示会でもあった。そのような多様化のなかで、経営体力や得意技術、そして今後の新興市場拡大への対応、世界市場の捉え方などの違いから、エコ対応への各社の考え方にそれぞれの特徴が出ているように思えた。そのなかでも、ハイブリッド車(HV)を当面の主軸と考え、量産・販売体制を整えているところと、電気自動車(EV)の量産化・市場開拓を一歩先に進めているところに一般来場者の関心が多く集まっているように感じた。まさしく、HV対EVの今後の主戦場争いともいえよう。

一方、各種報道によると上海や広州で昨年開催されていたモーターショーは、いまや世界最大となりつつある中国市場の急拡大を踏まえて盛況であった。東京への出展を控え苦境に立たされている先進各国の主力メーカも、中国での参加、出展にはむしろ積極的であり、一般来場者も着実にその数を増しているようである。これは、東京モーターショーの縮小にくらべて対照的であり、世界の市場の重心が大きくシフトしていることを物語っている。

モーターショーから離れ、今後の世界の自動車産業の構造を考察すると、米国ビッグ・スリー(GM、フォード、クライスラー3社)の時代から、世界スモール・ハンドレッズ(各国新興メーカ多数)の時代へとパワーシフトがすでに起こっているといわれ、とくに電池の性能革新やコストダウン等が進展し、電気自動車(EV)の拡大が進めば、このパワーシフトが予想以上の勢いで加速化していくことが考えられる。逆の見方をすれば、アジア等新興市場の拡大への対応のなかで国境を越えた新興企業群や異業種からの参入組などスモール・ハンドレッズが、比較的取り組みやすい電気自動車の生産・販売に参加し、その勢力増大とレベルアップが一挙に進む可能性もあるといえよう。

このようなパワーシフトの背景とその根底にあるものを考えてみると、世界の自動車市場の構造変化によるものであり、一つは先進諸国での市場の成熟化や環境配慮などのニーズの変質に対して、既存のプレヤーとくに日米の主力のこれまでの技術開発や経営努力にズレが生じていることが指摘できよう。最近身近で実施した大学生650人の調査結果では、「どのような車が欲しいか?」という問いに対して、「欲しい車はない」と答えた学生が全体の40%以上にもなっている。その意味するところは、移動の手段としては「経済性」と「エコ対応」で考慮すれば、「車」の優先順位は低いという考え方がその回答の背景にあると見られる。車の社会的役割に対する若者の考え方が大きく変化しつつあることを示している。もう一方で世界の新興市場の現状を見てみれば、車に求められる性能や機能は決して高度なものでなく、それ以上に一般の大衆が購入出来、その所得水準に適した「安価」なものが求められている。米国や日本など先進諸国の消費者の欲望の拡大に応え、ときには牽引し、それに支えられてきたこれまでの主力プレヤーのやり方は新興の市場には通用せず、そのギャップをうめるために舵を大きく切り替えなければならないといえよう。

このような流れのなかでは、これまで弱者とも思われるような技術力や資本力の未熟な世界中の新興企業やプレヤーが、アントレプレナー精神を発揮し、市場の構造変化や技術革新から生み出される大きな(時には破壊的な)エネルギーをバネに、挑戦し力を蓄え、未来の強者へとシフトしていく条件は整いつつあると考えられよう。

ガソリンから電気などエコ・エネルギーへ、先進国市場から新興国市場へ、そして、変身する少数大企業に加え新興企業の増大などプレヤーの多様化へと、パワーシフトの流れが感じられる世界自動車市場の将来である。今後の激動へ予断が許されない。