生活福祉研究通巻69号 巻頭言

アメリカの金融安定化策と国際協調

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事長

金融システムの機能不全とアメリカ政府の対応

今年の1月、ニューヨークのハドソン川に旅客機が不時着した。両翼のエンジンが同時に機能不全に陥ったことが原因であった。それに先立つこと1年前、ロンドンのエコノミスト誌に、両翼のエンジンが停止した航空機の漫画が掲載された。機体にはアメリカの国旗らしきものが描かれていて、左のエンジンは「銀行」、右のエンジンは「資本市場」との説明が加えられていた。アメリカの金融システムを支える2つのエンジンが、既に、機能不全に陥っていることを風刺したのだろう。

機能不全に陥ってしまった銀行への主な対策は3つある。1つは、各国の中央銀行が行う流動性の供給、2つは銀行に対する資金の注入、3つは不良債権の買い取りである。

アメリカ政府は、1つ目と2つ目の対策については比較的迅速に行動したものの、3つ目の対策を打ち出すまでには少し時間がかかった。3月下旬になって、ようやくその具体策を発表した。

ガイトナー財務長官が明らかにしたその具体策は、「官民投資プログラム」と呼ばれ、政府と民間投資家が共同で基金を設立して金融機関の不良債権を買い取る枠組みであった。政府は金融安定化法に基づいて最大1,000億ドルの公的資金を同基金に出資する。さらに、民間からの投資資金とFRB(連邦準備制度理事会)およびFDIC(連邦預金保険公社)が同基金に提供する保証あるいは融資を合わせると、最大で1兆ドルの不良債権を金融システムから分離することができる。同プログラムは、住宅ローンなどの不良債権、証券化商品などの不良資産を買い取ることにより、金融システムの健全化と信用収縮の解消を目指す。オバマ大統領は、不良債権の買い取りは、景気対策、住宅市場活性化策などと並ぶ経済再生へ向けた重要な柱である、と語った。

アメリカ政府は、不良債権処理の具体策を発表するまでに約1年半を費やしたことになるが、銀行に対する資金の注入に10年も費やしたかつての日本と比べると、対応が遅いとは言い切れないだろう。

オバマ政権の財政刺激策とその実効性

オバマ政権は発足後、矢継ぎ早に、政策を打ち出した。2月には、減税とインフラ整備を柱とする7,870億ドル規模の財政刺激策を発表した。7,870億ドルは、2年ないし3年にわたり支出されるものと思われるが、そのうちの4,000億ドルは、2010年に支出される見込みである。4,000億ドルは、アメリカのGDPの3%を超える規模であり、したがって、2009年がマイナス成長になったとしても、2010年にはプラスの成長に転じると期待されている。

OECDは3月末アメリカのGDP 成長率について、2009年は△4%、2010年は0%と予想している。

しかしながら、約1年前の2008年2月、ブッシュ政権が減税を中心とする1,500億ドルの財政刺激策を発表した際には、GDP成長率が2.7%に上昇すると予測された。しかし実際は1.3%の成長率に留まった。

国際協調の方向性と保護主義への懸念

昨年の第4四半期の各国の成長率をみてみると、驚いたことに、最もマイナスが大きかったのは日本であった。年率換算で、△12.1%、ドイツは△8.2%、フランスは△4.4%、ユーロ圏は△5.8%、アメリカは△6.3%であった。いずれの国も、2009年の第1四半期(1~3月)は、さらに悪くなる可能性があると懸念している。上記のOECDの見通しによれば、日本は2009年△6.6%、2010年△0.5%、ユーロ圏は2009年△4.1%、2010年△0.3%となっており、△4%、ゼロ成長のアメリカと大差ない数字になっている。△6.6%の日本では、政府・党を挙げて追加の景気刺激策をどうするか、議論が始まっている。

ロンドンサミットの首脳コミュニケはIMF、国際開発金融機関および貿易金融支援に1兆1千億ドルのコミットメント、金融機関に対する監督強化および規制の強化、金融政策、財政政策による成長と雇用の回復策、保護主義への対抗と世界的な貿易・投資の促進などが盛り込まれた。実現へ向けて各国の協調が期待される。