生活福祉研究通巻67号 巻頭言

サッチャーのユーモア Ⅱ

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

サッチャーの立像

アイアン・レディとして一世を風靡したサッチャー(元英国首相)が、大変残念なことであるが、最近アルツハイマーであるといわれている。2003年に亡くなった夫がまだ存命であると思い込んでいるという話しも聞こえている。

つい、1年前は、自身の立像の除幕式でユーモア溢れるしっかりとした挨拶をしていた。「鉄の女もどる。今度はブロンズで」

これは、「タイムズ」の2007年2月22日のヘッドラインである。

前日21日に英国議会のロビーでサッチャーの等身大の立像の除幕式が行われた。チャーチル首相の立像と向かい合っており、ロイド・ジョージやアトリーの立像も近くにある。

サッチャーは除幕式で次のように述べたとされる。

「私はむしろ鉄を選んだかも。しかしブロンズだった。ブロンズならさびないだろう。」

サッチャーはこうも言っている。

「今度は頭が残ることを希望する。」“This time,I hope, the head will stay on.”

これは、サッチャーの大理石製の像の頭が、ギルドホール美術館で、2002年にクリケットのバットで打ち落とされる目にあったからであろう。

労働党は悪口のいい餌食

最近、ロンドンでもニューヨークと同様に金融資本市場が破綻の連鎖に揺れている。

そうした中でブラウン労働党政権は、住宅ローンに大きく依存している銀行の国有化を比較的円滑に実施している。労働党は、昔、銀行の国有化をさかんに言っていたので、銀行を政府管理に置くのはやりやすいのかもしれない。

サッチャーは労働党の国有化政策についても、かつて選挙戦で演説を行っているが、それについて筆者が最も気に入っているユーモアあふれるスピーチを紹介しよう。

「労働党政府のもとでは、国家に取り上げられる心配なしに貯金できる場所は、ないといってもいいでしょう。彼らは国家社会主義のために、あなたがたのお金がほしいし、また実際に取り上げるつもりです。あなたがたがお金を銀行に預ければ銀行を国有化してしまうでしょう。年金基金か生命保険会社に預ければ、労働党政権はそれらの機関に圧力をかけて、そのお金を社会主義計画に投資させようとするでしょう。タンス預金をすれば、おそらく、タンスさえも国有化するでしょう。」

労働党の悪口をさかんに言うが、サッチャーはどれもユーモラスに言っている。

どんな金属?

サッチャーの回顧録をみると、フォークランド紛争のところは、多くの頁をさいている。首相在任中の大事件であり、大変な思い出だったからだろう。艦隊の派遣をはじめとして、戦争の準備をすすめていたサッチャーに対して、閣内の空気は冷たく、サッチャーをサポートする様子ではない。そうした空気を察して、サッチャーが、「わが内閣に、男は1人しかいないのか」と言ったと、当時の新聞が伝えている。

しかし、回顧録に上記のような表現はない。意図的に落としたのだろうか。かわりに、面白い話があるので、ここではそれを取り上げてみよう。

下院の有力議員イーノック・パウエルは、議会の演説で、サッチャーに対してこう言ったという。

「首相は就任するとすぐに、アイアン・レディという威名をもらわれました。それは、ソ連とその同盟国に対する防衛に関連した発言のなかから生まれたものです。そういわれたことについて、閣下が不満だったとか、実は誇りを感じなかったと想定する理由はあまりありません。これからの1、2週間のうちに当院(下院)、国民、そして閣下ご自身が、いったい彼女は、なんの金属でできているのか、それを知るでありましょう。」

フォークランド紛争に勝ったとき、このイーノック・パウエルは、下院で同じ議題を取り上げた。

「閣下はわたしが最近分析されたある種の物質についての報告を、公式の分析家から受け取ったことをご存じでしょうか。それによりますと、その物質は最高の品質の鉄分からなっており、はなはだしく伸張性に富み、磨耗や圧力への抵抗力が強く、どんな国家目標のために使っても良い、ということであります。」

サッチャーはその一部を印刷して、額に入れて飾ったと言っている。

なお、ミッテラン仏大統領は、「サッチャーはマリリンモンローの口とカリグラの目を持っている。」(注:カリグラは第3代ローマ帝国皇帝で狂気じみた独裁者であったと史料に書かれている)と言ったといわれる。