トップ人材もグローバル化
鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授
グローバル化が進展し、わが国における人材の確保・育成の状況も変化しつつある。BRICs等、新興国市場の急成長への対応は急務であり、現地での、単純労働者から中堅幹部、専門技術者、そしてトップまで、あらゆるレベルでの人材の確保、それも迅速な確保の必要性が生じている。インドや中国では、欧米の大学で経営や技術の教育を受け、その後実務経験を積んで、祖国に戻り、欧米系の企業に良い条件で勤め、現地法人のNo.1(トップ)を目指すような企業家精神(アントレプレナーシップ)溢れる意欲的な人材が増加しているが、そのような人材は日本企業では確保が難しいと言われている。それは、一般に日本企業では、現地法人のトップを外国人に任せることをしないからとの見方がされている。
一方、日本企業による海外企業の買収や、逆に海外企業やファンドによる日本企業に対する敵対的M&A攻勢などが珍しい話題ではなくなっている。そのような話題も、直近では世界経済の変調などにより減少気味ではあるが、グローバルな企業買収、事業再編などによる人事の流動化は今後も促進されるであろう。しかし、これまでの日本企業では、「日本企業の経営は日本人で」という考え方が中心であり、とくにトップなど経営幹部の人事に関しては、自前主義であり人事の多様性(ダイバーシティ)に対してかなり消極的な姿勢を示しているため、グローバル展開で他国に比べ後れをとることも多いと聞く。
しかし、このような特性をもつ日本企業の人事を取り巻く環境はかなり変化しており、グローバル化にともなう人材の流動化や人材の不足に対応する専門サービス機関が、近年その役割を拡大している。それは、企業の中枢を担う中堅幹部やトップ、さらにはハイレベルな専門技術者などの人材をグローバルな視野とネットワーク、データベースをもって斡旋する機関、エグゼクティブサーチ会社である。その殆どが欧米系で、大手5~6社が大きなシェアを占め、その周辺に特定分野に特化した、たとえば金融ITに強いなど、中小のブティーク型専門機関が取り巻いている。それらの機関は概ね年率20%近い2桁成長を続けていて、大手機関では世界各国(北米、欧州、アジア、中東の30~40カ国)に拠点をもち、国境の壁、言語の壁、経営スタイルの壁を乗り越え、「世界中から適任者を選び出す」等を、謳い文句にして活動を拡げている。アジアではやはり、インドや中国での活動が急拡大しているとのことである。
わが国では、このような専門サービス機関は、欧米企業が日本進出にともなって必要となる幹部や幹部候補、すなわち日本の市場や商慣行を知っていると同時に欧米流の経営を理解し本部とコミュニケーションが出来る人材を日本企業などからヘッドハントする会社として、かなり以前から活動してきているが、最近はその様相が変わってきている。それは、日本企業でも、このようなエグゼクティブサーチ会社を積極的に活用するケースが増えてきているからである。海外企業の買収などによるグローバルな事業展開でリーダーシップを発揮できる人材、あるいは海外資本の導入などにより、外国人株主等の要請に応えられるトップ人材に対する需要が質・量ともに増大していることが背景にあると言えよう。
今でも、多くの日本の企業では経営の要衝にすえる人事は、社内で当てるというのが、基本であるといえよう。「良い人材を採用し、自社流に育てぬく」という日本的経営では、社内の誰もが認める適材適所の人事は理想といえよう。これは欧米企業でもそうであろう。しかし、新興国市場の急速な拡大・成長、あるいは株主など国境を越えた利害関係者の拡大・多様化に、スピード感をもって対応するために、相応しい人材が内部で見つけ出せないのなら、外に求めるのも選択肢の一つであろう。
適材適所、相応しい人材をグローバルな視野で求めるプロセスはオープンで合理的でもある。たとえば、海外資本などが入っている関連会社や海外現地法人のトップを選定する場合、第三者を入れた選定委員会をつくり、トップに求められる条件、たとえば ①いつまでに何をやるのか(3年後の売り上げ、利益、新市場開発等々の目標達成)、②資質(年齢、企業家精神、リーダーシップ、株主や社員とのコミュニケーション能力、使用言語等々)、③過去の実績と専門能力、などをあげ、その条件に適う人材を探し出すようにサーチ会社に依頼する。サーチ会社は、その強力なデータベース、ファイルを駆使し、候補者のリスト母集団(20~30人位)を2~3週間で作成し、さらに2~3週間かけて相応しい候補者を6~7人に絞り、その候補者に選定委員が密度の濃い面談を行い、そのなかから最適任者を選び出し、就任の条件等の調整をし、合意すれば契約を交わす。勿論、国籍などの条件を付けなければ、候補者として外国人がリストアップされ、選定され得るのである。
以上、日本的経営、日本的人事の本筋から考えれば、トップなど経営の中枢の人選にあたってエグゼクティブサーチ会社など外部機関を活用する方式は、まったく異なったパラダイムであり、違和感すら感じられよう。グローバル化の波は緩急があるものの、その勢いを増し、これまでの日本的経営の座標軸をもゆるがそうとしているともいえよう。しっかりした経営姿勢を持つと同時に、経営幹部やトップ人材を広くグローバルな視野で探すことの出来る選択肢が増えたことも冷静に認識しておくことが必要であろう。