生活福祉研究通巻65号 巻頭言

弱いドル、強いアメリカ

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

バーナンキFRB議長の証言

4月2日、バーナンキFRB議長は上下両院合同経済委員会において、アメリカの経済見通しについて証言を行った。その証言の中で「我々の最近の対応によって金融市場は幾分安定を促されたものの、依然として著しい緊張に晒された状態が続いている」、さらに「住宅市場においては住宅ローンの利用可能性の低下によって、新規・中古ともに販売件数は総じて弱い状態が続いており、住宅価格も低下が続いている」と述べている。

上記の発言にみられるように、同議長はアメリカの経済見通しについて、従来よりも悲観的な見通しに立つようになった。今年になってからの金利の大幅な引下げ、市場への資金供給などの影響は、財政政策の影響と相俟って、今年の後半以降にはある程度景気回復の動きを助けるかもしれない。しかし、あまり大きな期待を持つべきではないと下方におもむくリスクを強調していた。少なくとも今年の上半期はゼロ成長あるいは若干のマイナス成長になるという見方すら出ていることを踏まえての発言であろう。

アメリカの成長率低下とアジアへの影響

このアメリカ経済の成長率の低下は、日本を含めたアジアに大きな影響を与えるものと思われる。日本の対米輸出は2002年には総輸出の28%を占めていたが、昨年には20%まで下がっている。輸入も2002年の17%が11%に低下している。数字は小さくなったとはいえまだかなりのサイズである。アメリカの成長率の低下は日本の対米輸出を減少させ、弱いドルは日本の輸入を増やす可能性がある。事実、2月の日本からの対米輸出数量は5%の減少になっており、アメリカからの輸入数量の増加は3%になっている。日本のアジア向け輸出数量が17%の増加、アジアからの輸入数量が7%の減少になっていることに比べ、日本への影響がはっきりしている。

中国では対米輸出が輸出総額の19%を占めているが低下の兆しがみえている。インドも中国ほどではないが、対米輸出の低下の影響を受けることになる。昔よく言われたアメリカが風邪をひくと日本は肺炎になるというような大げさなことではないにしても、日本・中国等はアメリカの成長率低下で輸出が減り、ドル安で輸入が増える可能性を持っている。

弱いドル、強いアメリカを指向する政策のリスク

成長率が低下したアメリカを何とか立ち直らせようとしてポールソン財務長官やバーナンキFRB議長は公的資金のベアー・スターンズへの投入をはじめとする思い切った施策を講じ始めている。ポールソン財務長官はニューヨーク出身であるので、本来なら強いドルを推進する立場にあるが、テキサス出身の財務長官のように弱いドルでアメリカの輸出が伸びればよいというような考えを持っているのが気にかかる。

1980年代にはベーカー財務長官がレーガン大統領に逆らってまで「弱いドル、強いアメリカ」を目指したが、今「弱いドル、強いアメリカ」を目標とすることは、あまりにもリスクが大きい。それは20年前は経常収支の赤字が大きくても、財政の赤字が大きくても、日本をはじめとする黒字国はアメリカの赤字をファイナンスせざるを得ない状況にあった。しかし、強いユーロが現実のものとなり、それが弱いドルを脅かすようになってきた現在、アメリカは「弱いドル、強いアメリカ」を指向する政策にリスクが伴うことを認識しなければならない。その背景には、ユーロ圏の人口は3億1,700万人で3億人のアメリカを凌駕しており、ユーロ圏の名目GDPも8兆4,000億ユーロに達し、10兆ユーロのアメリカに迫っている現状がある。

今年度さらには来年度もアメリカの財政赤字は4,000億ドルに達し、経常収支の赤字は8,000億ドルに達しようとしている。経常収支黒字国は20年前と違って、投資通貨あるいは貿易取引の通貨としてドルとユーロを選択する立場になっている。IMFによれば、世界の輸出取引の2/3は依然としてドル建て・ドル決済であり、ユーロ建て・ユーロ決済の貿易取引は1/3とされている。それを受けて、世界の外貨準備に占めるドルの比率は60%となっており、ユーロの比率は25%にすぎない。

しかし、資本取引に目を転じると、BISによれば2007年12月現在、ユーロ建ての債券発行残高は10兆ドルを超え、ドル建ての債券発行残高は7兆6,000億ドルである。また、コマーシャルペーパー等短期債の発行残高もユーロ建ての4,800億ドルに対し、ドル建ては3,800億ドルである。ユーロは資本取引でドルを上回る実績を示してきたが、やがて貿易取引でもユーロのシェアが高まって行くとみている。アメリカはこれらの現実にもっと関心を寄せたほうが良いと思う。