生活福祉研究通巻64号 巻頭言

明るい未来はやってくるのか?
- 2008年 初頭に想う -

鈴木 正慶
当研究所所長
中部大学経営情報学部教授

2007年を振り返ると、政治、経済、社会などあらゆる面で、あまり明るくない、鬱陶しい年であった印象が強い。年金問題や食の安全問題など生活の基盤に係わることでさえ、国の対応も不透明で、将来への安心が保証されない、見通しのつけ難い状態が続いてきている。我々の将来は、多くの人にとって、信頼出来るものが無く、自分の身だけを守るに窮する、展望が持てない、閉ざされたものになっているのかも知れない。

私が教壇に立っている大学では、年末から年明けにかけ、学部4年生が、就職を含め卒業後の進路もほぼ決まり、4年間の学業の総決算とも言うべき卒業論文の仕上げの時期を迎える。教師の立場からすると4年間指導してきた生徒が、卒業研究でどのような成果(初稿)を出して来るかが分かる大変楽しみな瞬間でもある。入学当初は、世の中の重要課題などへの認識も薄く、自分の意見や考え、夢を述べることも困難で、自分の未来を放棄しているようにも思える学生も多いのであるが、厳しい経済・社会環境を乗り越え4年後に彼等が提出する力を込めて書き上げた卒業論文に触れると、我々の未来にも希望が持てるような気がして来るのである。

S君は5年掛けての卒業を控えた、勉学心が旺盛で、家族や他人への思いやりに充ちた好青年である。父親の経営する事業がうまくいかず、2年生の時に長男として家を助けるために休学をした。その後どうしても大学へ戻り、友人と一緒になり勉強を続けたいという強い意志で復学して来た。しかし、父親は病に倒れ、その看病と事業の建て直しで苦労を重ねる母親を手伝うために、週末は鉄道を乗り継いで片道3時間以上掛けて自宅へ戻り、平日はアルバイトで学費の一部を埋めようと頑張っている学生生活を丸3年間続けている。そのような状況の中、彼の成績は学部でも上位15%以内に入っているのだが、厳しい奨学制度(推薦状を添えるのだが、申請者の成績順で決まる)に漏れ、苦学を上増しした状態が続いて来ている。しかし、彼はそのような厳しい環境にもへこたれることなく、この春には無事卒業し、彼の愛する故郷に戻ることになる。その彼が提出してきた卒業論文のタイトルは「大型店舗に負けないための個人店ブランド戦略」というものであり、彼の渾身の力を込めた、アントレプレナーシップ(企業家精神)溢れる内容のものである。この卒業研究の内容は、衰退が続く地域に居座する中小私立大学が抱える課題の本質(その役割のあり方)に一部迫るものであり、我々教育に携わる者にとっても色々と示唆を与えてくれるのである。

中部圏経済はトヨタ自動車を中心とした製造業が集積し、概ね元気であると言えようが、我々の学生の家庭環境は、格差問題などで疲弊している地域の中小企業・商店に関係しているこ預かるとが多い。近年は、求人が増え就職状況は改善しつつあるが、やはり大企業・中堅企業に就職出来る者は限られ、親の商売を含め地元地域の中小企業に勤める者が殆どである。課題は、卒業後直面する厳しい環境に彼等がどのように立ち向かい、活躍していくかであり、大学はそのための教育にどれだけ力を入れているかであろう。

地域活性化のために、大学は研究活動によって創出される「知」の供給源として、産官学連携の要の役割が期待されているのは確かである。しかし一方、地域活性化に貢献する、鍛えぬかれた若い人材を、いかに多く輩出するかは、地域の大学に求められる極めて重要な役割であることをしっかりと認識すべきであろう。

工学部を中心とする技術や工学の基礎教育は勿論だが、経営教育で考えれば、販売、生産管理、財務、人事、法務といった基礎的教育に加え、視野を大きく拡げ、新しい事業への挑戦意欲、危機や困難を乗り越える精神力、地域や事業の再生へのコミットメント、利害関係者との連携・調和、人事・組織での統率力など、リーダシップ教育やアントレプレナーシップ(企業家精神)教育が、地域活性化と再生には欠かせないものになると言えよう。すなわち、低迷する厳しい状況にある地域の経済や産業を活性化するためには、故郷を敬愛し、地域内・外の人々と連携・協力し、地域力を増すような事業再生に挑戦したり、他の地域や大手企業には出来ない独自の製品・サービスや事業を創出し、それをしっかりと確立させることを目指す、気概のある若い人材が必要とされているのである。

以上は、特定の学生だけではなく、多くの学生の4年間の学生生活とその後の社会に出てからの労苦や活躍に触れ、教えられ、思うことでもある。入学当初は自分の殻に閉じこもりがちで他への配慮や未来から逃避していたような彼等の成長は、チャレンジ精神の醸成(未来への時間的視野の拡大)とチームワークや思いやりの大切さの認識(社会的視野の解放)によって、我々指導する立場の者を勇気付けてくれる。新春を迎え、彼等の活動や研究の成果を見る限り、我々の未来は明るく開かれたもののように思える。