生活福祉研究通巻63号 巻頭言

サブプライム住宅ローン問題の実体経済への影響

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

サブプライム住宅ローン問題

サブプライム住宅ローン問題が米国経済ひいては世界経済を動揺させているが、なぜ米国の住宅ローン問題がこのように大きな影響を持つのであろうか。米国の住宅ローン市場は10兆ドル(約1,200兆円)で、そのうちいわゆるサブプライム住宅ローンは1.3兆ドル(約150兆円)と言われている。

サブプライム住宅ローンとは信用度の低い人に対する住宅ローンのことであり、通常のプライムローンの延滞率が2~3%であるのに対し、サブプライム住宅ローンの延滞率は7月で14~15%、現在では20%にかなり近づいていると思われる。

金融市場への影響

このサブプライム住宅ローン問題がなぜ銀行・証券・ヘッジファンド(以下、金融機関等)に動揺を与えたか、について2つの重要な経済の変化が指摘される。第1は、金融市場の証券化(セキュリタイゼーション)であり、第2はお金に国境がなくなるというグローバリゼーションである。サブプライム住宅ローンが組み込まれた証券化商品(以下、リスク証券)は1.8兆ドル(約200兆円)あると言われており、購入した金融機関等は米国・欧州に多く、アジアでは中国の1~2の銀行を除いて全体としては非常に少なかった。

リスク証券が世界中に拡散された結果、金融・クレジット市場で思わぬ動揺が生じた。最初にアクションを起こしたのは意外にもECB(欧州中央銀行)であった。BNPパリバ傘下のヘッジファンドが親銀行の支援を仰いだことがきっかけとなった。ドイツの州立銀行もリスク証券を多く保有していることが判明した。ECBは金融市場や金融機関等の取引を正常化させるため、3日間で1,100億ユーロ(約17兆円)の資金を市場に供給した。

これを見て、FRB(米国連邦準備理事会)は8月17日に公定歩合を0.5%引き下げた。

米国市場はFFレートで取引されているので、公定歩合引き下げは象徴的な意味しかなく、結局9月にFFレートの0.5%引き下げに追い込まれ、その後も資金供給を続けた。

なお、シティバンク、メリルリンチ、ドイツ銀行、UBSなどが7~9月期の決算で多額の損失を出したことを公表した。その他の金融機関の損失の公表に引き続き注目したい。

米国およびG7の対応

サブプライム住宅ローン問題はすぐれて米国の国内問題であり、米国に解決してもらう必要があるが、レームダック化しているブッシュ政権にはあまり多くは期待できない。民主党では上院銀行住宅都市委員会のドッド委員長が8月末の議会休会中にもかかわらずポールソン財務長官、バーナンキFRB議長を呼びつけてこの問題に対する対応策を協議したといわれている。ドッド委員長の関心は次のような問題と見られている。

  1. 連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ等)の住宅ローン債権保有枠上限の撤廃(これについてはポールソン財務長官、バーナンキFRB議長の強い反対を受けた)
  2. 監督当局によるサブプライム住宅ローンの規制強化、不当な融資慣行の禁止、改善
  3. 金融機関による低利融資の促進
  4. リスク証券に高い格付を付した格付会社の責任追及と格付プロセスの透明性確保

民主党はドッド委員長をはじめとして規制強化によって事態を解決しようとしているが、現在のところ成功していない。

このリスク証券を作り、世界中に販売した金融機関等の責任や今後同じ過ちを起こさないために何をすべきかということは、米国1国の問題ではなくG7(7カ国蔵相・中央銀行総裁会議)の課題である。10月のG7では規制強化を強く主張する独・仏に対し米・英・日がどのような対案を出すか注目される。

実体経済への影響

実体経済への影響として最も大きな経路は米国の住宅販売価格・住宅着工件数である。2002~2006年には年平均で10%近く上昇していた新築・中古住宅価格は、現在のところ前年比でほぼ同水準にとどまっている。これが下落を始めると逆資産効果が働いて個人消費に影響することになる。一方、7~8月の住宅着工件数は前年比20%の落ち込みとなっており、既にGDPに影響を与えている。7月末にバーナンキ議長が今年の実質GDP成長率予測を2.25~2.5%、2008年を2.5~2.75%と発表し、2月の予測から0.25%下方修正したが、さらに0.25~0.5%下方修正せざるを得なくなるのではないかと思われる。

これに対し欧州では、金融・クレジット市場の動揺による金利の上昇が、米国ほどではないにしても実体経済に影響を与える恐れがある。アジアについては米国経済が落ち込めば輸出の減少につながるが、影響は小さいと考えられる。