生活福祉研究通巻61号 巻頭言

中国・インドの高成長を懸念する

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

中国・インドの高成長とリスク

5月4日から京都でアジア開発銀行の総会が開催される。年を追うごとにアジア諸国の発展は目覚しく、世界経済における存在感が高まっている。

1997年のアジア通貨危機後におけるアジア諸国の立ち直りは、目を見張るばかりであった。特にBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)に挙げられている中国・インドの低インフレ率の下での高成長は、特筆されるべきものがある。

アジアにはリスクがないように見える。しかし、中国やインドといえども、その政治・経済をより立ち入ってながめてみると、克服すべきリスクがあることがわかる。

中国のリスク

中国はソーシャリズム・マーケット・エコノミー(社会主義市場経済)と言われている。これは別の言葉に置き換えれば、共産党主導の市場経済と言えよう。

2月末の上海株式市場の株価下落は、党が株価の急激な上昇に懸念を示したからであろう。上海市場の株価下落が、日本・アメリカ・ヨーロッパに波及したことから、上海株式市場の影響力の大きさに驚かされた。しかし、上海市場の株価が世界の株価に影響を及ぼした背景には、ニューヨークの株価がかなり高い水準で推移しており、その先行きが懸念されていたことがあると思う。その後、中国の株価は元に戻ったが、それも党の株式市場に対する見方が変わったことによるものであろう。このように当局の要人の発言で動く市場は、通常の株式市場とは異なると見るほかはない。

中国の問題は経常収支の大幅な黒字と外貨準備の著増である。それが、アメリカやEUに批判されており、特にアメリカにおける保護主義を引き起こす懸念がある。また、中国の金融市場を概観すると、過剰流動性のために歪みが生じ始めているような気がする。過剰流動性はできるだけ早く減少させることが望ましいが、先進諸国のように金利引き上げ・預金準備率引き上げを行なっても、中国では効果は限られている。党が乗り出してはじめて解決する問題なのである。

1985年のプラザ合意の後、日本円は半年で30%切り上がった。同じように中国が人民元を半年で30%切り上げれば、過剰流動性問題は解消するであろう。しかし、輸出に対する影響や労働力の供給源となっている農村への影響を考えると、そのような急激な切り上げを実行するとは思えない。現状で推測すれば、1年で4~5%のゆるやかな人民元切り上げを予想するのが自然であろう。そうであれば、国内外の企業は毎年の人民元の切り上げを予想しつつ、人民元建ての資産を持ち続けることになり、過剰流動性がいつかインフレ期待につながるリスクがある。

インドのリスク

インドについても、インフレ・リスクが存在する。インドはインフレを抑えるために金融引き締め政策を採ってきた。卸売物価の上昇率は2006年の中頃には5.5%まで低下したが、2007年度に入り上昇に転じている。成長率は中国並みの9~10%から7~8%へとやや低下してきている。中国と異なりインドの最大のリスクは財政赤字と経常収支赤字である。

貧困者が多い社会構造のインドでは、社会福祉予算を増やさざるを得ない。税の増収や付加価値税の導入で財政赤字を削減する努力を続けているが、楽観を許さない。最近では、貧困者対策として公共事業の増加や国内の石油製品の価格を下げるための支援も計画されている。このため、歳入を増やす要因よりも、歳出増加要因の方が上回っている。

インドでは100億ドル~200億ドルの経常収支赤字をファイナンスするためには、外国からの資金流入が必要であるが、銀行部門における借入れなどよりは、外国からの直接投資でファイナンスすることが望ましい。インドは中国と異なり、ITサービス業への直接投資が活発だが、製造業への直接投資に比べITサービス業では雇用増加の効果は小さい。製造業への直接投資は設備投資の増加をもたらすが、それも中国に比べて少ない。

中国と異なり経常収支の赤字が拡大しているインドは、インフレ期待に対応するためにいずれ引き締め政策に転じざるを得ないのではないかと思われる。中国もインドもインフレ期待が懸念されるという点は共通である。