生活福祉研究通巻56号 巻頭言

2006年の世界経済の見通し

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

2006年、日本・米国・ユーロ主要国の政権は外交より国内政策を重視する方向にある。しかも、日・米・独の3大国を見ると、いずれも構造改革を進めつつある。今年、これら先進国は昨年上昇した成長率を維持できるだろうか。2005年の日本・ユーロ主要国の成長率は2%、米国は3.5%に達したとみられる。2006年はこれを若干下回る成長率が維持されると思う。

これに対し、注目の新興4大国は今年もかなり高い水準を達成するのではないか。すなわち、中国8.5%、インド6%、ロシア6%、ブラジル3.5%程度と予測している。

しかし、主要先進国、新興4大国の成長率を低下させるリスクがないわけではない。

第一は、金利の上昇である。米国の金利政策の影響もあって、今年は世界的に短期金利が上昇していくと思われる。中南米の大国ブラジル、メキシコは金利を下げているが、これはこれまでが20%近い高金利だったからであり、例外である。

また、短期金利の上昇が長期金利に波及すると、米国の住宅ローンの金利上昇が大きなリスク要因となる。住宅ローン金利の上昇は住宅取引を減少させ、ひいては住宅価格の下落につながる。それは個人消費の減退となって成長率を低下させることになるだろう。2001年には住宅価格の上昇と金利の低下によって、1兆ドルの住宅ローンの借り換えが行われた。その結果、米国のGDPは1%ポイント上昇したのだが、今度はこれと反対の動きが現れる懸念がある。

第二に、石油価格の上昇である。供給面の制約、中国、インドを中心とする需要の拡大によって、石油価格は1バレル60ドル前後で推移していくとみられる。しかし、節約、代替エネルギーの開発によって、かつて世界経済が経験したような深刻な事態になるとは思えない。

米国の社会保障改革

日・米・独とも構造改革を進めることが期待されているが、ここでは当研究所の研究テーマのひとつである年金問題について、米国の改革案を紹介したい。

2005年2月2日の大統領一般教書によると、米国も日本とほぼ同様、2018年に社会保障基金が赤字化し、2042年に破たんするとされている。改革は急務であることから、一般教書には大統領の提案が盛り込まれている。

米国では、日本の社会保険料にあたる給与税が労働者・経営者双方に課されている。日本の場合、厚生年金保険料は毎年引き上げられ、2017年の負担水準は労使合わせて18.3%となる予定だが、米国では現在、労使双方が労働者の給与所得の6.2%ずつ、合わせて12.4%にあたる金額を税として支払っている。大統領は、労働者が支払う給与税6.2%のうち、税率4%分を年間1,000ドルまで、個人退職勘定として労働者個人が運用するオプションを認める改革を提案している。

医療保険改革も重視されているが、こちらはヒラリー大統領の登場を待たなければならないだろう。クリントン政権下で、大統領夫人としてヒラリーが診療報酬と薬価について改革を企図し、挫折した経緯がある。

ヒラリー夫人はバイパス手術にかかる医療費をフィラデルフィアの病院で調べ、ある病院では250万円、別の病院では1,000万円取っていることに問題を投げ掛けた。しかも、医療費に大きな差があるにも関わらず、両病院で手術を受けた患者の平均余命期間は同じであった。また、当時、大腸がんの特効薬は1カプセル6ドルであった。ところがこの特効薬は、人間だけではなく犬や猫の大腸がんにも効果があり、犬、猫向けは1カプセル6セントで売られていた。どうしてそんなに安いのか。

これらの問題提起があった後、ファイザー、メルクなど薬品株は半分に下がってしまった。そしてヒラリー夫人の改革の挫折の後、株価は元に戻ってしまった。今年の中間選挙の後、もしファイザー、メルクなど薬品株だけが下がり出したら、ヒラリー大統領の可能性が高まったといえるのかもしれない。