生活福祉研究通巻55号 巻頭言

円と人民元
―プラザ合意から20年-

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

プラザ合意の背景

20年前の円の対ドル為替レートと、現在の人民元の対ドルレートが置かれている状況は似ていると言われる。しかしながら、プラザ合意では、円だけでなくマルクなど欧州通貨をも強くしようとした。一言で言えば、“弱いドル・強いアメリカ”を作ろうとした。一方、人民元は円と違ってともに強くすべき通貨を持たない。アメリカ、ヨーロッパ、日本などG7各国は、程度の差こそあれ人民元高を望んでいる。

そもそも為替レートを意図的に変えるということは、グローバリゼーションの進展と世界で動いている資金の規模を考えてみれば、極めて困難である。20年前のプラザ合意で強いドルを弱いドルに変えることができたのは、為替レートの変更という目的に対して、通貨当局に二つの重要な政策手段があったからである。

ひとつは、市場でドルを売る通貨介入である。5ヵ国は100億ドルを超えるドルを売り続け、ドルを弱くしようとした。いわゆる協調介入である。

もうひとつは、財政政策、金融政策などマクロ経済政策の協調である。アメリカと4ヵ国の間には対照性があった。アメリカには、財政赤字を減らすことと世界の資金を引きつけていた高い金利を引き下げることが求められた。一方4ヵ国は、財政政策についてより積極的に対応するとともに、金利を引き下げて内需拡大を図ることが求められた。

20年後の今、このような主要国間の協調介入や政策協調ができないことはだれが見ても明らかである。

当時の日本といまの中国の置かれている状況の違い

中国の通貨当局はG7と対話を持ってはいるが、その正式メンバーではない。したがって、G7各国が中国と協調して何らかの政策を行うということはありえない。あるとしたら、保護主義に走らないよう努めることくらいであろう。

1985年の日本と2005年の中国が置かれている状況はかなり異なる。共通しているのは、対米貿易収支の黒字が大きく、それがアメリカの保護主義につながっている点である。

異なるのは、日本が安全保障をアメリカに依存しているのに対し、中国は強大な軍事力を持っている点である。また、日本の金融機関は20年前、ニューヨーク市場やロンドン市場においてかなり積極的に動き、取引のシェアを高めつつあった。そのため、ニューヨークの金融資本市場が高金利・強いドルのためにリスクが大きくなれば、それが自らにふりかかってくるという問題があった。それが今の中国にはない。中国当局は人民元問題について孤立しているように見えるが、政策選択の自由は大きい。加えて、二つの有力な手段を持ち続けている。

ひとつは、依然としてドルを買うという為替市場への介入を続けられること。もうひとつは、資本の流出入に対する規制を持ち、その緩和・撤廃が中国政府の手中にあることである。それがフロート(変動相場)に移行しても、人民元の対ドルレートがそれほど強くならない理由である。

本来なら、ある程度資本の流出入に対する規制を緩和した後にフロートに移行すれば、少しは経済実態を反映する為替レートが形成される。しかし、この点についてIMFは、かつて日本やイギリスがたどったように、まずフロートに移行し、その後に資本の流出入規制を緩和・撤廃するという順序でもよいと言っている。

中国経済の今後の見通し

今後5年間の中国経済の見通しをたてることははなはだ困難である。しかし、社会主義市場経済の中国は共産党主導の経済運営ができるので、GDP成長率、為替レートについても、ソフトランディングを図ることができるかもしれない。GDP成長率は2004年の9.5%の水準から、5年間でなだらかに8%になるであろう。経常収支の大きな黒字も、5年後にはゼロに持っていこうとするであろう。こうした見通しの下では、毎年3%程度の人民元高を想定できるかもしれない。

プラザ合意後、円、マルクなど4ヵ国通貨は強くなり、米ドルは弱くなったが、アメリカの貿易収支の赤字や日本、ドイツの黒字はそれほど減らなかった。為替レートの変更が貿易収支の変化につながるという期待は、巨額の資本移動で為替レートが形成される現在では、現実的ではない。そのような論理は中国も十分認識していることであろう。

したがって、中国は、国内の雇用、金融システムの改革、過剰設備投資の抑制、外国からの直接投資の流入など国内政策優先で人民元問題を考えていくと思う。