生活福祉研究通巻54号 巻頭言

EU統合の将来

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

EU憲法草案の国民投票

EUの憲法草案はフランス、オランダの国民投票で賛成が得られなかった。このことから、EU統合の将来について懸念が出ている。

現在、EUの加盟国は25ヵ国となり、うち12ヵ国がユーロ通貨圏を構成している。ユーロの創出はEUの経済統合の最終段階であり、政治統合の大事な一歩だと認識している。そのEUの政治統合が挫折するのではないかという懸念を大きくした両国の国民投票の結果であった。もし、ドイツで投票が行われたとしても、同じ結果になったであろう。

フランス、オランダの反対の原因

両国民がEU憲法草案に反対した理由は、個々人によって異なると思う。

ある人は、移民が増えることを心配して反対したのかもしれない。トルコの加盟に対して反発がみられるように、北アフリカからイスラム系の移民が流入することへの人々の不安は根強い。

グローバリゼーションの下でEUが拡大していけば、賃金の安い地域に企業は進出を図っていく。自国の雇用機会が失われることを心配した人もいたであろう。

また、憲法草案には重要なことが書かれているが、474ページもの憲法草案を読み通した人はごく少数だろう。全体を理解しきれないために、ヨーロッパの将来について漠然とした不安を抱いた人もいたかもしれない。

こうした理由から反対票が賛成票を上回ったのではないだろうか。

EU統合の将来

EUの政治統合は見通しがつかなくなったけれども、経済統合が後退することはないと思う。マルクがユーロから離脱しても、かつてのような通貨価値は維持できない。資本取引や貿易が拡大してきたメリットは明らかで、経済統合が後退することはないと思う。

問題は通貨が統合され、ECB(欧州中央銀行)によって金融政策が一本化されたのに対し、財政政策は依然として各国政府の手にあることである。金融政策と財政政策の整合性を図るために、12ヵ国は毎年の財政赤字をGDPの3%以内に抑える政策をとっている。しかし、その政策を強く推進してきたドイツ、フランスが今や3%をこえる赤字を計上している。両国がペナルティの回避を主張する事態である。独仏は景気刺激的な財政政策がとれないために、金利の低下を望んでいる。しかし、成長率が高くインフレが進んでいる小国は、逆に金利上昇を希望している。

政治統合は、その第一歩で大きくつまづいたと思うが、EUが崩れていくことにはならない。憲法草案には、多数決による意志決定、外交の一元化、任期の長いEU首脳の創設等が盛り込まれていた。

憲法草案は賛成を得られなかったが、マーストリヒト条約を始め、アムステルダム条約などこれまでの積み重ねがあるため、EUの深化と拡大が一時止まることはあっても、EUが後退していくとみるべきではないだろう。政治統合の動きに水を差されたけれども、EUの政治統合への意志までもが否定されたと考える必要はない。

日本とヨーロッパ

日本と同じくヨーロッパでも出生率の低下と高齢化が大きな課題となっている。フランスでは、出生率の低下は大きな懸念となっていないが、他の国では深刻な問題である。ヨーロッパの活力が失われるとしたら、この問題である。

日本と同じもう一つの問題は、雇用不安である。フランス、ドイツは日本よりも失業率が高く、10%前後で推移している。EU加盟国が拡大することによって、さらに雇用機会が失われ、失業率が上昇する恐れがある。日本でも、製造業は中国やASEAN諸国に進出している。日本と同じような雇用不安をEUの人々も抱いているのではないだろうか。

労働市場の硬直性に対する構造改革も遅れている。また、医療費、年金財政の先行きについても日本と同様に、懸念が持たれている。

東アジア共同体の可能性

注目すべきは、個々の国家の統合への政治意志が強まるか弱まるかということだと思う。中華思想をいまだに持っている国がいる東アジアと違って、二度の大戦を経て、ひとつの家族をつくらなければならないというEU各国の意志は消えていないと思う。東西両ドイツの再統一をフランス、ロシアに認めさせるためにマルクを捨てたドイツだが、東アジアでは、円や人民元を捨てることが果たしてできるだろうか。

欧州石炭鉄鋼共同体が誕生してからユーロの創設まで50年かかっている。もし、東アジアでも経済統合を考えるならば、「ひとつの家族」という理念を持たなければならない。それを持つのに30年、50年かかるとすれば、いつまでたってもEUのようなまとまりをアジアに期待することはできない。

ヨーロッパの将来について、人々が漠然たる不安を抱いているのではないかとメディアは書いているが、漠然たる不安を抱いているのは日本も同じである。このような不安を国民に抱かせないような政治を期待したい。