生活福祉研究通巻52号 巻頭言

最近の円高・ユーロ高について

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

為替市場への協調介入の可能性

ドルに対して円高・ユーロ高が進むにつれ、日本とユーロ圏諸国が協力して為替レートをドル高の方向で安定させたいという期待がふくらんでいる。

日・米の財務省、ECB(欧州中央銀行)の間で、協調介入を行なうことが望ましいという新聞論調もみられる。

しかし、ことはそう簡単ではない。

円が1ドル100円に近づき、ユーロが1ユーロ1.4ドルに近づけば、日欧通貨当局間では協力して為替市場に介入し、ドルを買う可能性はある。

しかし肝心の米国財務省が協調介入に参加する見込みはないと思う。米国当局は、「強いドル」を維持するとしているが、為替レートは市場の需給で決めるという方針を崩していない。米国が参加せず、日欧だけの介入は、介入協力に過ぎず協調介入とはいえない。その効果は小さい。

日本だけの介入であっても「乱高下をならす」効果はあり、また通貨当局の「不愉快な気持」を市場に伝える効果はある。しかし円高・ドル安を円安・ドル高に動かすことはできない。

日、米、欧の政府、中央銀行は財政政策、金融政策を動かす余地が少ない。その上、米国当局を巻き込んで強力な協調介入が行なわれる可能性もない。これでは、円高・ドル安、ユーロ高・ドル安の流れを変えたくても、思うに任せない。

しかしドル安が一段と進むことにはならないと思う。

2005年の米国の成長率は3.5%、日本、EURO圏の成長率は2%前後と見込まれる。また、金利は米国が一段と高くなり、2005年末には短期金利(FFレート)が3.5%前後に上昇するとみられる。しかしEURO圏は下半期以降、日本は2006年以降上昇するとの見通しである。機関投資家が米国から資金を引き揚げるようなことはないと思われる。すなわち米国のGDP対比5%を超える経常収支の赤字のファイナンスができなくなることにはならない。

米国の長期金利が短期金利の上昇にもかかわらず安定していることが、その証左である。

円レートが1ドル100円に近づいたとしても、その水準は協調介入をしてでも、円安・ドル高に持って行くべき水準なのか。

円高で輸出企業が苦労するというが、輸入企業には大きな利益が生じている。原油高もかなり吸収されている。

1ドル100円では輸出企業は立ち行かないのであろうか。金融技術が進んでいる現在、ヘッジ手段は幾らでもある。業種によっては円建て円決済に切り替えることもできよう。

商社を通して輸出することにより、そのヘッジ機能を活用することもできる。

米国経常収支の赤字はドル安につながるか

米国の経常収支の赤字のファイナンスには問題ないとしても、それが長期に続いたときにはドル安につながらざるをえないという見方がある。仮にそうだとしても日本の財政赤字の大きさは、日本の経常収支を黒字から赤字に変えるのに寄与すると思う。米国の経常収支の赤字が心配なら、日本の経常収支の行方も懸念材料である。

少子化と高齢化の日本である。円高・ドル安の下で進んだ海外直接投資の影響もある。

長期的には、少子化、高齢化により、日本の経常収支は悪化する。2004年9月のIMFの「世界経済見通し」によれば、2050年までの日本の人口動態変化(人口の減少)は14%である。日本の人口高齢化は、貯蓄にマイナスの影響を及ぼし、その結果、GDP比2.5%ポイント程度の規模で、経常収支の悪化が見込まれるとする。逆に米国はGDP比で1%ポイント以上経常収支が改善すると試算している。

中期的には、1990年以降の円高・ドル安の下で、製造業の中国、アセアン諸国などアジアへの企業進出に拍車がかかった。電気機器、自動車などの組立型産業、その部品産業の国際分業体制が進展した。

製造業の進出先のアジア諸国では雇用の増加と設備投資の増加が著しい。このアジア諸国の雇用、設備投資の増加は、日本の雇用、設備投資の減少をもたらすはずである。かつてのような高い成長率が期待できない大きな理由となっている。

国際協力銀行の調査によれば、2003年度の海外生産比率は製造業で26%、業種別にみると電気・電子で39%、自動車で27%、化学で17%である。2007年度までの中期的な計画では、製造業で33%、電気・電子で46%、自動車で36%、化学で24%である。

このように海外生産比率は、今後さらに上昇する計画となっている。

直接投資の増加により、短期的には、機械設備など資本材の日本からの輸出、部品・原材料の輸出が先行する。このため、進出企業の生産する製品、特に消費材の輸入増加にもかかわらず、黒字の縮小スピードは遅い。

しかしアジア諸国向け輸出数量、輸入数量をみると明らかに変化が始まっている。黒字は減少し始めている。これは高齢化の進展にともない、貯蓄超過が減少していることに対応している。

経常収支の推移から円高・ドル安を考える際には、米国の経常収支の赤字だけでなく、日本の経常収支の黒字の減少を考慮しなくてはならないと思う。