生活福祉研究通巻50号 巻頭言

米国、中国の経済動向と日本

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事

安全保障問題とデフレリスク

年初の巻頭言に、今年の最重要課題は、国際政治では安全保障問題、国際経済では不況からの脱出であると書いたが、安全保障問題は、依然として懸念すべき状況にある。

ホワイトハウスは安全保障問題、特にイラクに対してどのような戦略を取れば、11月2日の大統領選挙で有利になるか、熟慮しているように見える。大統領選挙でブッシュ大統領とケリー上院議員のどちらが優勢か、世論調査の結果は毎週変動している。優位な側でも支持率が48%を上回ることはないようである。ケリー陣営がブッシュ氏の単純さ、一国主義を批判するのに対し、ブッシュ陣営はケリー氏の複雑さ、政策に一貫性がない点を攻撃している。日本にとってはブッシュ氏が再選されることが望ましいが、世界は国連をより重視するケリー氏に期待しているかもしれない。

国際経済に関しては、最近、デフレのリスクは大きく低下している。年初には、世界各国の成長率を「8・6・4・2」、中国8%、ロシア6%、アメリカ4%、EUと日本2%と予想した。しかし、日本の成長率は、アメリカと同じ4%になるのではないかと期待している。IMF(国際通貨基金)も5月に4%に上方修正している。

アメリカの利上げ

日本の成長率の上方修正は、アメリカと中国の経済の好調さによるものであろう。

アメリカは6月30日のFOMC(連邦公開市場委員会)で、フェデラルファンド(FF)金利を従来の1%から1.25%に引き上げた。これはデフレリスクよりもインフレリスクの方が高く、景気も上向きに転じているという判断に基づくものであろう。

株価は金利の上昇を受けて低下したが、FOMCが金利を引き上げたのは景気がよくなったためだと市場が受け止めれば、株価の上昇があってもおかしくはない。

11月の大統領選挙直前の金利引き上げは難しいと予想される。

いずれにしても、今後の雇用の増加、設備投資・個人消費の推移によって、金利引き上げのスピードが決まるだろう。年末には2~2.25%、来年末には4~4.5%と見ているエコノミストが多い。

中国の過剰投資問題

目を中国に転じてみよう。

中国では、今年もGDPに占める固定資産投資の比率が上昇し、個人消費の比率が低下するとみられる。2003年の工業投資は、前年に比べ40%伸びている。特に、鉄鋼、電解アルミ、セメント産業への投資額は2002年の2倍になっており、自動車や繊維産業でも80%の増加である。この結果、中国の鉄鋼の消費量は世界の27%、セメントは世界の消費量の40%を占めるにいたっている。

このために、中国国内では電力がネックになり、日本の進出企業に影響が出ている地区もある。また、中国の原材料の輸入増加を一因として、石油その他の原材料の価格が一時上昇した。その上、鉄鉱石生産国のオーストラリア、銅生産国のチリでは、中国向け輸出の割合が大きく増加している。中国の原材料の輸入増加は、原材料生産国の輸出構造まで変えつつある。

中国の今年の課題は、過剰設備投資である。鉄鋼については、昨年の2億3千万トンの生産に対し、生産設備は3億トン以上になり、電解アルミについては、昨年の560万トンの生産に対し、今年は2000万トンの生産規模になるといわれている。

税収の確保、国有企業の建て直し、銀行の不良債権処理が依然として大きな課題であるのに加えて、この過剰投資が問題となっている。

資金がなければ、過剰投資はできないと考えがちだが、4大商業銀行を除き、地方の影響力の強い都市商業銀行や株式制銀行が貸出を抑えることは容易ではない。人民銀行は預金準備率を引き上げ、金利を引き上げる金融政策を取っている。しかし、金融システムの整備が遅れている中国で先進国の手法で投資を抑えるには限界がある。現在の投資過剰の懸念を払拭し、ソフトランディングするためには、北京の党、政府が動かざるを得ない。

中国はソーシャリズム・マーケットエコノミー(社会主義市場経済)といわれている。これは共産党主導の市場経済と考えればよい。ソフトランディングのために、党、政府が地方を主導した結果、市場経済の確立が遠のくとすれば、それはそれで問題である。

アメリカと中国の変化が日本に与える影響

アメリカ、中国の最近の変化は日本にどのように影響するのであろうか。

日本は現在の金融緩和政策を続けると思うが、財政赤字がフローベース、累積ベースで先進国一であることを考えると、長期金利が低いまま推移していくとは思えない。無理をして低金利を維持しているので、いずれ金利が上昇していくと思われる。

日本の輸出への影響も出てくるかもしれない。すでに5月のアメリカ向け輸出数量は前年に比べ、7%減少している。中国を含むアジア向け輸出数量は、前年比7%の増加となっているが、前年はSARSの影響で輸出が伸び悩んだことを考慮すると、必ずしも楽観はできない。最近の日本の成長が、アメリカの景気回復と中国の景気過熱によってもたらされていることを考えると、構造改革・規制緩和によって雇用を増やし、成長を高めるよう引き続き努力していくことが大事である。