生活福祉研究通巻49号 巻頭言

知的財産の評価

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所特別顧問

青色発光ダイオード(LED)訴訟判決

青色発光ダイオード(LED)の開発者の中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授が、勤務していた日亜化学工業に発明の対価として、200億円を請求した訴訟で、請求通り200億円全額の支払いを命じる判決が先日あった。

青色LEDは、中村教授がいわゆる「404号特許」と呼ばれる特許で開発に成功するまでは、研究者の間で極めて開発が難しいとされていた。世界中の大企業や研究機関が失敗する中で開発に成功した「404号特許」は、大変な発明といえよう。

もっとも、この発明をいくらと評価するかというのは、また別の難しい問題である。中村教授は研究者らしく簡単には妥協をしない人で、非常に長い間、訴訟で争った。今回200億円という高額の判決が出て、世間でもたいへん話題になっているようだ。

私自身もおよそ30年前、戦後日本の技術輸出の第1号となったMT磁石を発明し、注目を集めたことがある。この発明で、私は表彰されたり、学会から賞をもらい、晩年には勲章を受章したが、いただいた金額はすべて合計してもせいぜい当時の年収の1年分といったところで、200億円という金額には遠く及ばない。ただ、特許を取ってお金を得るというのは、当時では珍しかったので、話題になったわけである。

私がMT磁石を発明した当時と比べれば、200億円というのは途方もない金額である。ひとつの発明でこれだけの金額が出るようになったのも、時代の変化の現れであろう。

発明の貢献度

青色LEDは赤、青、緑色の光の三原色のうち、最後まで開発が難航し、一時期は20世紀中の開発は不可能とまでいわれた。

中村教授は、窒化物の成長手法を新たに発明し、青色LEDの開発に成功したといわれているが、これだけの開発をまったくのひとりで行ったわけではあるまい。

実際に仕事をしてみればわかるように、仕事というのはひとりで動いても駄目で、ある程度まわりのサポートがないとうまくいかないものである。そのため、通常の特許の裁判では、発明者の貢献度はかなり低く見積もられることが多い。

しかし、今回の判決では中村教授の貢献度を比較的高く認め、50%とした。これでは、数百億円以上の利益の半分が個人に支払われることになり、貢献度の認定に関しては若干、疑問が残る。

特許をめぐる裁判の最近の状況

特許をめぐる最近の裁判には、日亜化学工業の青色LEDのほかに、次表のようなものがある。

企業名 技術 請求額 状況
日立製作所 光ピックアップ 10億円 1億6千万円高裁判決
日立金属 窒素磁石 1億円 1000万円地裁判決
味の素 化学甘味料 20億円 1億8千万円地裁判決
三菱電機 フラッシュメモリー 2億円 地裁審理中

出所)日本経済新聞記事をもとに作成

特許をめぐる最近の裁判の傾向をみてみると、上記の裁判では請求額はすべて1億円を超えており、億単位の争いになっていることがわかる。

一方で、私がMT磁石を発明した当時は、実験の材料費や助手の雇用費用、その他様々な費用を会社が負担しているので、特許になるような発明をしても、多額の金銭は得られないというのが世間一般の認識だった。

モノの価値はおカネになるが、知的価値はおカネにならないという考え方から、知的価値もおカネになるという考え方に変わってきたといえよう。

青色発光ダイオード(LED)訴訟の評価

さて、ここで200億円の算出根拠をみると、判決は、まず、青色LEDが市場に出始めた1994年から特許権の切れる2010年までの日亜化学工業の推定売上高を約1兆2000億円と算定。次に、日亜化学工業が他社に特許を許諾した場合、他社は約6000億円の売上高を上げると推定した。この場合、他社から得られるライセンス料は売上高の少なくとも20%として、日亜は特許により約1200億円の利益を得ると認定した。

さらに前述の通り、中村教授の貢献度を50%として、発明の対価を約600億円と認め、請求額は200億円なので全額の支払いを日亜化学工業に命じている。

以上のように判決は算出しているが、これほどの高額報酬を認めると、外国企業が日本から撤退してしまったり、モノ作りの会社が立ち行かなくなったりするおそれもある。先駆的な報奨制度を持つ日立製作所でさえ、発明者への年間の支払総額は7億円程度であり、今回の200億円という対価はまったくの想定外なのである。

他方で、技術者にとってみれば、今までからは考えられない金額であり、技術者に夢を与えるとして、判決を評価する意見もある。

このように特許をめぐる裁判はプラス面とマイナス面が混在していて判断が難しく、アメリカの陪審員制度のように、まったく利害関係のない第三者が判断した方が、かえって、万人に受け入れられる妥当な結論が出るのかもしれない。

いずれにせよ、企業において、モノだけではなく知的価値に対しても、金銭が支払われるというのが、時代の流れといえそうである。