雇用なき景気回復(ジョブレス・リカバリー)
大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター理事
安全保障問題
今年の世界と日本にとって重要課題は何か。
政治について考えれば、一昨年、昨年と同じく安全保障問題が最大の課題である。安全保障といっても、1989年までの東西冷戦と異なり、国家対テロという新たな戦いが始まっており、相手が国家ではないだけに対応が難しい。
昨年1月の巻頭言でも述べたが、アフガニスタン問題で国際協調を求めたアメリカが、イラク問題では、懸念していたように他国の主張に耳を傾けずに突っ走ってしまった。そのために、フセイン逮捕後もイラク戦後復興問題について、主要国との協力が円滑にいかない状況が続いている。
アメリカ政権内で孤立していたネオ・コンサバティブ(強硬派)のウォルフォウィッツ国防副長官・チェイニー副大統領と、ライス補佐官・パウエル国務長官との間で、調整が続いているようである。11月の大統領選挙をにらみながら、イラク問題について新たな戦略を構築すべく準備しているのであろう。
雇用なき景気回復(ジョブレス・リカバリー)
2003年の半ばごろから、日本もアメリカも景気が回復し、株価も上昇してきた。
日米両国を比較して面白いのは、両国とも企業がリストラを強力に進めることによって、言い換えれば、雇用を減らすことによって、収益を増やした点である。収益が増えれば、当然、株価に反映する。これが、ジョブレス・リカバリー(人によってはジョブロス・リカバリー)である。
通常、企業収益が増加すれば、設備投資も増加する。問題は、企業が設備投資を国内(日本・アメリカ)で行うか、外国(中国・ASEAN等)で行うかの選択に直面することである。この点も日米両国に似たところがある。
ただし、製造業、サービス産業で、若干の違いが生じている。
アメリカの場合は、製造業では、中国・タイ等への投資を優先し、サービス産業、特にIT産業では、インドへの投資、アウトソーシングを行っている。国際協力銀行の調査によれば、日本は、2005年度に製造業の外国生産の比率が3割を超え、電気・電子産業については、外国生産の比率が46%にもなるという想定がなされている。幸いにして、IT関連分野での外国への直接投資は大きくはない。皮肉なことではあるが、アメリカと違って、我々は英語を自由に操れないので、インドの人々を使いこなせないからである。このことが、サービス産業で、アメリカと違って、外国直接投資が少ないことの一番大きな理由であろう。
いずれにせよ企業は収益をあげるために、雇用を減らすなどのリストラを行い、設備投資に余力ができる。結果として外国での雇用を増やしている。したがって、雇用が日米両国にとって、最大の経済問題になっている。選挙の年である2004年は、日本もアメリカも雇用の増加を図ることが最大の政策課題である。
為替相場
株価の上昇に伴って、円は強くなってきている。外国の投資家が日本株を買うために、ドルを売って、円を買っていると考えれば、株高・円高というのは説明がつく。しかし日本の輸出企業にとって、100円に近づいているような今の水準は利益を減少させる。そのことが株価に反映しないことを期待したい。
日本は相変わらず、円が強くなると大騒ぎする国である。ヨーロッパがユーロという単一の通貨を持つまでになっているのに対し、日本はドルを使っての輸出入からなかなか脱却できない。いろいろ工夫をすれば、円高による輸出金額の減少を相殺、あるいは減らすことが可能であろう。そもそも、ドル建ての輸出を円建ての輸出に切り換える努力が足りないような気がする。
また、メディアが書かないから気がつかないが、円高・ドル安によって、輸入企業はかなり利潤を増やしている。
このように、徒に円高を恐れるべきではないが、かといって急速な円高は避けなければならない。通貨当局の大きな介入(ドルの買い支え)に対し、筆者も小さな介入を行っている。大きな介入も小さな介入も、1~3年後に、反対方向の介入(ドルの売り介入)によって利益が出ているとすれば、この介入は成功したといえよう。
大統領選を控えたアメリカは、今後も「強いドル・強いアメリカ」を志向するだろう。ホワイトハウスは、「強いドルが望ましい」と言うと同時に、「いずれにしても、市場が決めることだ」とも言っている。
アメリカは、今後も雇用を増やす政策を打ち出していくと思うが、日本も、引き続き雇用の増加を重点施策として掲げなくてはならない。そのためには、各省庁が雇用の増加につながるような、規制の緩和・撤廃を一段と進めることが期待される。
雇用の増加に重点を置いていけば、アメリカの成長率は4%、日本の成長率は2%に達すると予想している。日本でも、「雇用なき回復」から「雇用を増やす回復」になることを期待している。