生活福祉研究通巻44号 巻頭言

経済危機を乗りきる年

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター前理事長

今年の重要課題

2003年の日本と世界にとって何が重要課題かを考えてみると、昨年の年初と全く変わらないことに気付く。国際政治では依然として安全保障問題が、日本経済および世界経済にとっては不況からの脱出が最大の課題になっている。

安全保障に関しては、昨年はテロの危機にどう対応するかが主要国の課題であった。今年はイラク問題が最重要課題になっている。懸念されるのは、対アルカイダでは主要先進国やアフガニスタン近隣諸国の協力を得てきたアメリカが、イラク問題では独自の対応をする方向にあることだ。イラクに対する国連決議に関するアメリカとフランス・ロシアの議論をみると、昨年の協調体制が崩れてしまわないかと懸念される。

さらに、今年は北朝鮮問題が浮上してきた。日本にとってみれば北朝鮮は近くイラクは遠いが、アメリカにとっては、イラクは近く北朝鮮は遠いのである。

今年の経済成長見通し

2002 年の経済成長率は“8・4・2・1・0”とみてきた。中国8%、ロシア4%、アメリカ2%、EU1%、日本はゼロ成長。この見方は間違っていないと思う。今年の成長率はIMFやOECDの見通しも考慮しながら言うと、“7・5・3・2・1”となる。中国7%、ロシア5%、アメリカ3%、EU2%、日本1%である。しかし、この数字はイラクへの武力行使が行われず、大規模なテロもないことが前提である。もし対イラク武力行使が1-3月に行われ、石油価格が高騰すれば、アメリカ・EU・日本の見通しはいずれも1~2%低下すると予想せざるをえない。“7・5・3”、つまりアメリカ・EU・日本の成長率の単純合計が6から3に低下することも起こりうる。

対イラク武力行使というリスクを別にしても、アメリカ経済にはいろいろな問題がでてきている。この2年間のニューヨークの株価下落にもかかわらず、アメリカで個人消費が堅調だったことについて、昨年の年初には明確な説明ができなかった。その後のアメリカの政策当局やエコノミストの見方を検証していくと、次のような説明になる。

アメリカ経済を支えてきた要因

株価下落があれば、逆資産効果として設備投資が減少し、個人消費が減退すると予想されていた。ところが、設備投資は減少したものの個人消費は依然堅調である。それは住宅価格の上昇が続いたことによる。2000 年~2001 年の2年間におけるアメリカの住宅価格上昇は14%に達しており2002年も上昇傾向が続いている。これを背景に2001年の住宅ローンの借り換えは1兆ドルに達したというアメリカの研究所の試算がある。その際に借り手が借り増した金額は750億ドルにのぼるといわれる。また、同年の住宅ローンの金利水準は 6.5%~8.5%と3年前に比べ平均3%低下している。750億ドルの借り増しと300億ドルの金利節約分とあわせ、家計部門には1,000億ドルを越える余裕が生じたことになる。BISの試算によれば、家計部門に生じた余裕は1,500億ドル近いという。1,000億~1,500億ドルは、アメリカのGDPの1%~1.5%に達する。これが不況とはいいながらアメリカ経済を支えた最大の要因であろう。

今年は住宅価格がこれ以上上昇する状況にはなく、下落する可能性もある。公的部門でどのくらいの景気浮揚策がとられるかが焦点となる。

1月初め、アメリカ政府は10年間6,700億ドル(約 80 兆円)の所得税減税を打ち出し、また配当課税を撤廃する方針という。クリントン政権下では財政赤字を減らすどころか黒字に転換した。その成果をブッシュ政権が享受していることになる。金利水準は昨年11月の0.5%引下げによって一段落かもしれない。いずれにしても財政・金融政策をこれほどドラスティックに動かせるアメリカが羨ましい。

今年の展望

アメリカ経済が何とか持ちこたえていくとすれば、ヨーロッパと日本はそれぞれ問題を抱えながらも2002年並の成長は達成していけよう。

政府の2003年度予算がまとまり税制改革も行われた現在、規制緩和を促進して競争を起こし、雇用の増加につなげることが重要である。昨年も触れたが、中国やASEAN諸国への直接投資、企業進出によって、製造業の海外生産シェアは一段と増加し、2、3年のうちに30%電気機器産業では40%を越えるとみられる。これに対しては、国内で非製造業における雇用を増加させるしかない。

今年は不況を乗り越える施策、規制緩和とマクロ経済政策を実施するとともに、銀行の不良債権処理を進めていかなければならない。産業再生機構の発足によって、銀行の不良債権問題が企業の破綻・再生問題に他ならないことが示されたことは、今後の展望に希望を与えるものである。

国際経済には国境がなくなっている。したがって、アメリカ経済の成長率や株価の推移が日本の経済や株価形成に大きく響いてくる。グローバリゼーションの下では当たり前のことなのである。

しかし、国境があるということは、各国政府が独自のマクロ経済政策・構造政策を進めるということである。経済と政治のこのギャップを埋めるためには、主要国間の政策協調しかないと思う。