生活福祉研究通巻43号 巻頭言

「予測」はできるか

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所特別顧問

シンクタンクとは

シンクタンクには3つの条件がある。

1つめは“独立的(independent)”であること。系列の特定の会社に都合のよい予測を行わないためには、これが欠かせない。ちなみに、三菱総研についていえば、三菱グループからの受注は4~5%にすぎず、95~6%はグループ外からの仕事である。

2つめは、過去のことを取り扱うのではなく、計画や予測など、「将来どうなるか」、「これからどうすればよいか」を考える“未来志向(futureoriented)”という要素である。

3つめは“学際的(interdisciplinary)”であること。例えば、電気工学の人だけで予測を行うのではなく、経済学者や心理学者、場合によっては宗教の専門家というように、専門分野の異なる人たちが集まって仕事を仕上げていく。

当たる予測と当たらない予測

将来の「予測」には、当たる予測と当たらない予測がある。月食が何月何日に起こるとか、人工衛星がいつどの地点を通過するというように、自然法則に基づくものや物理現象的なものは正確に予測することができる。一方、政治、経済、社会現象など人間的要因(human factor)が介在するものは、どんなに高度な理論を用い、コンピュータを駆使しても当たらないと考えた方がいい。

過去のデータをたどって延長していく「傾向探査的(exploratory)」手法、例えば株価の予測でいえば、ケイ線を使って予測する方法は、当たらないと考えた方がよい。たくさん出回っている株に関する本には、株の専門家が「100 万円で 10 年後に1億円にする方法」などと書いているが、著者はいつも貧乏している。

株価予測が当たる方法はある。例えば1つめは、誰も知らない内部情報、いわゆるインサイダー情報を使う方法。2つめは、お金を持っている人たちが集まって、皆で同時に株を買い占める方法。いずれも手が後ろにまわる話である。

予測が当たる方法としてはもうひとつある。かつてアポロ計画で、1961 年に J・F・ケネディが「60 年代が終わるまでに月に人類を送る」と予測し、実際に 69 年の夏にそれを成功させた。予測は見事に的中したわけで、予算も1割程度しか違わなかった。しかし、「いついつまでに月に人類を」というのは「予測」ではなく「計画」であり、「計画的予測」あるいは「規範的予測」といわれるものだ。

一方、政治や経済などのように、自由な流れの中で人間的要因の大きい現象は当たらない。

ノーベル賞学者でも難しい経済予測

1997 年に「デリバティブの価格決定理論の新しい手法」というテーマでノーベル賞を受賞した経済学者ロバート・C・マートンとマイロン・S・ショールズが設立に参加したヘッジファンドの LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)が、98 年のロシアの金融恐慌の影響で危機に陥り、連邦準備銀行主導で主要金融機関による緊急融資を受けるという事態が起きた。このようにノーベル賞学者でさえも誤るということは、いかに精緻な議論と高性能なスーパーコンピュータを使っても当たらないということで、株価予測は上記のような違法な方法でも用いない限り当てることは不可能だといえる。

金融工学の役割

しかしながら、金融工学は役に立たないということではない。金融工学は「リスクをいかに抑えるか」という場合に役割を発揮する。

リスクを抑える手段としては、1つは、複数の金融商品や証券への「分散投資」である。それぞれの分野にウエート付けをして投資していく「ポートフォリオ」が基本的な手法である。

2つめは「保険契約」である。予め保険会社に一定の保険料を支払っておくことによって、リスクを負担してもらう。保険会社は、皆から集めたお金をいろいろなところに分散投資しており、これも一種のリスク分散ということができる。

3つめは「先物契約」である。先物取引は、やり方によっては資金をあまり持たずにできるので、先物を使って儲けるという「投機(speculation)」のイメージが先行してしまうが、本来はあくまでもリスクを避けるための方法なのである。先物取引によって安定した価格を保証してもらう仕組みといえる。

金融工学では、リスクにどのように対応すべきかがメインテーマであって、金融工学の非常に高度なシミュレーションモデルやコンピュータを駆使したからといって予測が当たるというものではない。ただ、リスクを防ぐという面では金融工学は非常に効果がある。

金融工学はリスクの抑制に活用

繰り返して言いたいことは2つ。1つは、どんなに高度な手法を使っても、またノーベル賞を受賞するような立派な研究をもってしても、株価の予測は難しいということを心得ておくべきだ。もうひとつは、金融工学のターゲットはリスクをいかに極小化するかであるから、リスクの抑制に関しては、金融工学を有効に活用することができるということである。

「予測」と一言でいっても、正確な予測が可能な物理現象などと、予測の難しい金融商品の予測とを混同してはいけない。金融工学は金融商品の価格を的中させるということより「リスクを防ぐため」に活用することをお勧めしたい。もちろん、いろいろな情報と長年鍛えた勘で、金融商品の未来の価格を予測することも僅かな可能性はあるが、素人は避けるべきことである。