生活福祉研究通巻42号 巻頭言

世界不況の危機は過ぎたか

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター前理事長

下落する米国株価

「フィナンシュアランス」1月号に、安全保障の危機と世界不況の危機、2つの危機の克服が今年の課題であると書いた。今回は、この2つの危機のうち、世界不況の危機について、その後の推移と今後の展望にふれてみたい。

グローバリゼーションのもとで、米国経済の動きが、日本およびヨーロッパに影響を与えることはいうまでもない。株価についていえば、ニューヨークの株価が、世界の株価に同じ動きを押し付けているようにもみえる。また、2002 年上半期の米国の成長率の上昇が、日本やアジアの対米輸出を伸ばし、日本のアジア向け輸出の増加にもつながった。

最近の米国株価の下落が、米国の成長率の減速を先取りしているという見方もあるが、やはりエンロンやワールド・コムの不正経理に起因する企業収益の減少予想によるものであろう。ニューヨークの株価は、2000 年1月以降下落してきた。私は、逆資産効果が起きるとみていた。すなわち、米国の設備投資の減少と、個人消費の減退がもたらされると考えていた。しかし、設備投資は減少したが、個人消費の減退は起きなかった。

米国 個人消費の先行き

ナイン・イレブンの後、2001 年 10 月から始まった乗用車の割賦販売の金利をゼロにする企業戦略が家計部門の貯蓄を減らし、個人消費の維持に貢献したと考えてみた。しかし、その後の個人消費の強さは、それだけで説明できるものではなく、他に大きな要因があるのではないかと考えた。

最近、はっきりしてきたのは、米国の住宅価格の上昇が、個人消費の堅調につながったということである。米国のかなりのエコノミストが指摘し始めたのは、住宅価格の上昇と低金利を背景として、個人が住宅ローンの借換えを積極的に行い、現金収入を得たという見方である。

日本と異なり、米国の住宅価格の上昇は、2000-2001 年の2年間で 14.3%に達している。そこで、住宅ローンの借換えが行われた。エコノミー・ドットコム社によれば、借換え額は、2001 年に1兆ドル(約 120 兆円)に達したとされる。そして現金収入は、750 億ドル(約 10 兆円)に達したといわれる。住宅価格の上昇が、住宅ローンの借換え時に借入額を増やすことにつながったというわけである。

金利の低下も個人消費の堅調に寄与した。数年前の住宅ローンの金利 10~11%は、現在 6.5~8.5%になっている。借換えの後、1年間にローンの3%すなわち 300 億ドル(約4兆円)近い額を家計は使えるようになった。

この借換えは、今後は縮小する。また、借換えの結果、住宅ローンの債務残高が増えたことは、いわゆるバランスシート問題につながるかもしれない。個人消費の今後の展望は、これまでほど明るくないのである。

先行き不透明な設備投資

設備投資は、企業収益の動向に大きく左右される。ところが、最近、米国の企業収益を減少させる要因が誰の目にもはっきりしてきた。最大のものは、エンロン、ワールド・コムの不正経理に起因する各企業の収益の見直しである。収益を堅く見積もる経理担当者と監査法人の動きである。企業の会計の責任者は損益について、重い責任を問われる方向に向かっているし、監査法人についていえば、上院の法律案のように、「同一の企業の監査を5年以上続けてはならない」とか、「コンサルティング業務は禁止されるべきである」というような厳しい方向におもむきつつある。

また、ストック・オプションの費用は、税務上、損金算入が認められているが、企業収益から控除しなくてよかった。今後は、企業収益からも控除するという企業会計に移行していくのではないか。

さらに、企業年金について、これまでは過去の高い配当率に基づいて予想配当率を高めに見積もる傾向にあった。これも低下する方向にある。さらに、テロリスト・アタックの脅威が新たになっている現在、警備費用の増加、損害保険料の高騰も無視できない。

個人消費、設備投資について、上記のような問題に焦点をあわせると、米国の景気は、“V”や“U”ではなく、“W”に近い姿になるかもしれない。いずれにせよ、「フィナンシュアランス」1月号で予想した米国の今年の成長率2%はいいところであろう。

不況の克服

日本の景気回復が、アメリカの成長率の上昇を主要な要因のひとつにしていることは論を待たない。確かに昨年のわが国の対米輸出数量は、前年比 15%の減少、アジア向け輸出数量も前年比 10%の減少であった。それが、今年に入って減少率を低下させ、5月は米国向けは対前年比7%、アジア向けは対前年比 22%の上昇になった。この傾向が今後も続くか、注視していかなければならない。

不況は乗り越えつつあるという見方にかわりはないが、5月までの米国市場のように楽観的であってはならないし、日本の市場のように悲観的すぎてもいけない。1929~33年の恐慌時には、米国は 30%、ドイツは 26%の GDP の減少、日本も 15%の減少をみた。このようなことが起きるはずはない。今年は米国2%、ユーロエリア 1.5%、日本▲0.5%の成長率で世界不況の危機を克服する年になると思う。