生活福祉研究通巻41号 巻頭言

日本の技術に自信をもて

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所特別顧問

日・米・中の製造業ポジションの認識

近年、中国が急速に技術力を高め、国際的な競争力を強めている。例えば、工業製品の生産量の世界シェアをみると DVD プレーヤー38%(日本 18%)、VTR23%(同 2.5%)、カラーテレビ 25%(同 1.3%)、デスクトップパソコン 12%(同 3.4%)となっており(いずれも日本経済新聞調べ)、日本を大きく上回っている。かつては日本の代表的な輸出製品であったこうした工業製品が、中国で低コストで生産されるようになり、国内産業の空洞化が叫ばれるなど、わが国は中国の脅威を感じている。

一方で、米国自動車市場での日本車シェアは、年々上昇している。2001 年は 26%となり、米国が日本に対して危機感を抱いている。

コアとなる技術力を高める

中国がシェアを拡大しているカラーテレビ、VTR、デスクトップパソコンは、部品数 数千点の製品である。それに対し、自動車、高性能機械、ファインケミカルなど部品数十数万点、あるいはそれに匹敵する製品は、日本が得意としている。部品数が数百万点 にもなる宇宙産業や高度な軍事製品などは、米国が他の追随を許さない。

部品数数千点以下のものは、技術に対するウェイトが低い。自動車など「すり合わせ 技術」の優秀さが左右し、十数万点を要する分野は、まったく空洞化していない。大規 模な設備・装置が不可欠で数百万点の部品を必要とする分野(宇宙システムなど)は、 日本は米国に対し大きく遅れている。

こうした状況下で、日本はどのようにして存在感を示していくべきであろうか。 日本製造業が強さを維持し、空洞化に対処する手段は、「日本独自の技術力を高めていくこと」に尽きる。他を先んじるコアコンピタンス技術こそが、日本の空洞化を救う。

発明を支えるセレンディプティ

この研究開発力を高めるキーワードが、「セレンディプティ」である。セレンディプ ティとは、実験などをしていて、偶然に新現象を発見する能力である。日本は、若い人について基礎学力は非常に優秀だといわれているが、新しい発見や着想についての能力 を高めるためには、学力と同時にセレンディプティが必要であることはノーベル賞を受 賞した方々も口を揃えて述べている。

セレンディプティを発現させるためには、極限状態まで自らを追い込む必要がある。例えば、京セラの創業者である稲盛名誉会長は、新製品としてのニューセラミックの受注をした時、納期を事前に決めることにより、自分を極限状態に追いこむ。ぎりぎりまで追い込まれた狂気がかった執念的な状況のなかで、はじめて新しい発明や発見が生まれてくると話してくれた。

日本最初にノーベル賞をもらった湯川秀樹博士も、精根を傾けた日夜分かたぬ探求の果てに、やっと寝床での啓示に遭遇したのだ。これが、セレンディプティである。青色発光ダイオードを発明した中村修二教授も、自分の実験室にこもり、人とも会わず、いわば偏屈的、極限的に、研究活動に全身全霊を打ち込んでいた時に発想がわいた。

発明とは、偶然の賜物といわれるが、実際には、現場に密着した研究努力を極限まで実行した緊迫感から生まれたものである。セレンディプティは、学歴やIQから発現されるものではない。

新事象観測のための巨大な実験装置

技術力を高めるもうひとつの手段が、巨大な研究設備・実験装置を持つことである。例えば、巨大な望遠鏡を使った観測によって、それまで謎だった多くの新しい宇宙事象が解明された。今までにない巨大な研究設備等は、新しい発見を可能にする。

アメリカは軍事力を背景に、巨大な研究設備等を数多く作ることができるが、日本の場合はそうはいかない。国や大学が提供できる設備等は、少数の重点分野に絞られよう。

巨大な施設を必要とする研究者の意識革新が肝要である。自らの成果によって進退を評価されるという気概が望まれる。日本人研究者は甘い環境にある。使命感を持って研究に取り組まなければ、大学や国による巨大施設の提供すら世論の反発を買うだろう。

日本よ、自信を持て

アメリカの世界競争力レポートをみると、確かに日本の経営についての総合順位は下がっている。フランス、イギリスといった先進国と同等の下がり具合である。

ただし、将来における日本の存在感は、今後の技術力にかかっている。科学技術力という面からみると、アメリカの1位、日本の2位は不動のままである。日本は、世界をリードしていける知的基盤、技術基盤を保持しつづけているのである。この事実に、われわれは、もっと自信を持っていい。自虐的にならないことだ。

表「世界競争力レポート」における主要国の競争力の推移(順位)
日本 米国 ドイツ フランス イギリス
1995 4 1 6 17 18
1996 4 1 10 20 19
1997 9 1 14 19 11
1998 18 1 14 21 12
1999 16 1 9 21 15
科学技術(順位)
日本 米国 ドイツ フランス イギリス
1995 2 1 3 5 14
1996 2 1 3 5 16
1997 2 1 3 4 14
1998 2 1 3 4 17
1999 2 1 4 7 14

出所:科学技術指標 2000 年度