生活福祉研究通巻40号 巻頭言

2つの危機の克服
- 2002 年の課題 -

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター前理事長

2002 年の世界および日本は、2つの「危機」を乗り越えなければならない。ひとつは安全保障の「危機」、そして、もうひとつは、世界不況の「危機」である。まずは、世界の危機からみていこう。

世界安全保障の危機

2001 年9月 11 日のニューヨーク、世界貿易センターへのテロリストアタックの後、テロリズムの危機に敢然と立ち向かってきた主要国の協調体制は順調に推移しており、アフガニスタン近隣諸国の協力もあって今日に至っている。皮肉なことは、孤立主義を強めてきたブッシュ政権のアメリカが、国際協調や他国との密接な連携を必要とする状態に直面したことである。

ブッシュ政権の誕生以来、京都議定書(1997 年の地球温暖化防止京都会議で採択された先進国の取組みに関する条約)からの離脱、ABM 条約(弾道弾迎撃ミサイル制限条約)の一方的脱退、イスラエル・パレスチナ問題に距離を置く対応など、世界にとって憂慮すべき状況がみられた。とくに、イスラエル・パレスチナ問題に対する関心の薄さは、9月 11 日のテロリストアタックの遠因になったのではないかと思う。

アフガニスタンをめぐる政治、経済、社会問題に対する各国協調体制構築への呼びかけの成功が、将来のアメリカと各国との協調につながることを期待したい。

世界不況の危機

2000 年の世界は、相応の経済成長を遂げていた。成長率でみれば、アメリカ4%、ユーロエリア 3.5%、日本 1.5%であった。しかし、2002 年にはそれぞれ2%ポイント低下すると予想される。アメリカ 2%、ユーロエリア 1.5%、そして日本は▲0.5%となると予想する。

2001 年、IT不況に直面したアメリカが、今年2%の成長率を実現できるのは、マクロ経済政策が活用できるからである。すなわち財政政策については、民主党・共和党で意見の違いはあるが、1,000 億ドルという巨額の景気刺激策が予想されている。また、金融政策はこの1年間で、公定歩合 1.25%、FFレートでは 1.75%まで低下した。この金利の大幅引下げもアメリカの景気回復に資することになると思う。

ユーロエリアではこの1月からユーロが出回り始めた。イタリアにおけるユーロの流通量の低さが気になるが、フランス・ドイツを始め、ユーロへの交換が進んでいる。

イタリアは、ユーロの流通により、独仏枢軸の力がますます強まることを懸念しているのかもしれない。従来、イタリアは、イギリスとの協力を通じてEU域内でその発言力を確保しようと心がけてきた国である。そのイギリスは、スウェーデン、デンマークと同じく、ユーロエリアにいつ合流するか不確定な状況にある。

イタリアでユーロの流通が立ち遅れているもうひとつの理由は、イタリアの富裕層がユーロの流通に先立ってドルを選択したことであろう。こうした、ユーロへの移行前に一時的にドルに避難する動きはロシアや東ヨーロッパでもみられた。これらのドルは今年ユーロに交換され、ユーロエリアの成長に寄与するとする見方もあるが、ドルを選択した人々が早急にユーロに交換するとは思えない。

日本の危機とその対応

日本も、世界の動きと同様、安全保障の危機に直面している。日本の場合は、これまで対応を遅らせてきたこともあり、集団的自衛権、有事法制、日米安全保障条約の問題などについて速やかに議論を深め、コンセンサスを形成していかなければならない。それは、憲法改正問題についての議論を深めることにもつながる。

不況の危機については、早急に思い切った政策的対応をとることが必要である。新聞、雑誌で言及されているように、中国などへの製造業の進出は止められない。それは、中国・アジア諸国の雇用や設備投資を増加させ、逆に日本の雇用や設備投資の減少につながっていく。安い労働力を外国から導入することに反対してきた日本の雇用政策のもとでは、外国への企業進出(対外直接投資)の増加はやむをえない動きである。しかし、手をこまねいてはいられない。

第一に、重点科学技術分野へ人と資金の集中を図ることである。文部科学省政策研究所の調査によれば、10 年後の重点科学技術分野は、「地球環境系技術」と「生命系技術」の2つである。

第二は、非製造業における雇用の増加を促進することである。

1970 年代、製造業の空洞化に直面したアメリカ・イギリスは、1980 年代以降、雇用の増加に成功し、結果、成長率が高まった。両国の雇用の増加は、環境、医療・介護、金融などサービス産業においてであった。規制緩和の促進による競争が雇用の増加につながった。

日本では、現在、金融部門で雇用の減少がみられるが、地球環境系技術や生命系技術の高度化とあいまって、環境分野、医療・介護分野における雇用の創出を図っていくべきであろう。

以上、今年の世界および日本は、政治・経済分野における2つの危機に直面している。これを乗り越えていくことが世界平和と景気の回復、より高い経済成長につながっていく。テロと不況を乗り越える一年であらねばならない。