生活福祉研究通巻39号 巻頭言

技術立国 日本の将来

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所特別顧問

科学技術の将来予測

文部科学省は、7月下旬に「第7回 技術予測調査」結果を公表した。この調査は、「デルファイ法」により、今後 30 年間の科学技術の進展度合・方向性を予測するものである。

デルファイ法とは、該当の分野の専門家に、同じ質問を複数回繰り返し、回答者間のコンセンサスを見出す手法である。この「技術予測調査」は、5年ごとに行われ、今回も 16 分野 1,065 課題を対象とし、約 5,000 人の専門家を回答者とするなど国家的、大規模なデルファイ予測であり、国際的な評価が非常に高い。

私は、第1回から当調査の委員長を務めているが、最新の報告書から、興味深い科学技術の今後の動向を紹介したい。

冷めるIT熱

「今後 10 年」と「2010 年以降」において、重点をおくべき分野を調査すると、図のとおりになる。今後 10 年間は、「地球・環境系技術」「情報系技術」「生命系技術」の3分野が重視されている。

しかし、2010 年以降となると、「情報系技術」の重要性が一気に低くなり、「社会基盤系技術」よりも低くなっている。情報系専門家でさえも約半数しか、重要としていない。この状況は、委員会の予想外であったので、重要性低下の要因について追加調査を行った。その結果、情報系技術を重視した回答者は、周辺領域を含む広い概念で情報系技術を捉えている者が多いが、重視しない者は、情報系技術を狭い概念で捉え、今後は社会基盤的要素が強まると考える者や、情報系技術から派生した分野は、もはや情報系技術でないと捉えている者が多かった。回答者に共通していえることは、情報系技術は、それ自身だけではなく、他分野と融合した新たな領域を発展させていかなければならないという見方をしていることである。

図 重点科学技術分野

この追加調査を行うために、公表時期が3月から7月にずれ込むこととなったが、この4か月の間に、米国ではITバブルがはじけ、日本でもIT関連企業の株が軒並み下がっている。この調査結果は、こうした状況を警告していたことになっている。

重要度増す「生命関連技術」

技術予測課題の重要度上位 100 課題を5つに分類すると、表のとおり、「生命関連技術」 が大幅に増加している。なかでも、ポストゲノムや再生医療に関する課題が上位にきている。

表 重要 100 課題にリストアップされた分野 別課題数
第7回 第6回 第5回
環境関連技術 26 25 28
情報関連技術 21 24 9
生命関連技術 26 17 36
災害関連技術 8 11 8
新エネルギー関連技術 10 11 5

その他の技術分野では、リサイクルに関する課題や、地震予知に関する課題など、最先端技術というよりは、社会の安定を図る課題が上位にくる傾向に変化してきている。

日本の誇れる技術

課題ごとに、日本が他国と比べ、優位にある分野を調査すると、「交通」「資源エネルギー」の分野で日本は優位に立っている。特に「超伝導磁気浮揚列車(リニアモーターカー)」や「ITS(高度道路情報システム)」など交通の分野で優位に立っている。

一方、「流通」「経営・管理」「サービス」などでは日本が優位な課題がほとんどない。

日本の子どもの能力

こうした将来の技術の発展は、有能な人材の育成なしに語ることはできない。最近の日本の子どもは、基礎的知識の習得から逃避しているとの指摘がある。科学技術庁の「科学技術指標」のなかの世界の中学校2年生を対象にした「国際数学・理科教育調査」によると、日本は、38 か国中、数学の成績では第5位と上位に入っているが、一方で、もっとも数学嫌いな国である。

しかし悲観する必要はない。

アインシュタインやエジソンなどは幼いころ、数学の成績は決して良くなかった。小さいころに知識を詰め込むよりは、学問に興味を抱かせるよう、データなどを利用し、「考えさせる教育」を行っていくべきではないか。