生活福祉研究通巻38号 巻頭言

住みよい社会の実現に向けて

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター前理事長

日本経済の停滞

明治生命の「ライフアカウントL.A.」という金融商品が好調である。L.A.は、「保障」と「貯蓄」の機能を明確に区分し、死亡・介護・医療などの保障内容を毎年見直すことができる画期的な商品である。世代を問わず受け入れられる商品であるが故に、こんなに売れるのであろう。

このように特定の企業に注目が集まったり、商品がヒットしたりして、話題にはなるが、日本経済全体としては依然として停滞したままである。今年度、来年度はゼロ成長で推移すると思われる。

日本経済に明るい展望がすぐに開けないのは、国内的には、不良債権の処理および構造改革の進展が成長率を下げるほうに作用するからである。財政政策は日本経済を支えてきた大事な政策手段であるが、これまでのように景気刺戟効果をもたせることができないことは誰の目にも明らかである。

国際的にみても、この1、2年は辛い。昨年のアメリカの成長率は5%、EUが3%、アジア諸国もおおむね7~9%だった。それが今年は、アメリカが2%、ヨーロッパが2.5%、アジア諸国が4~5%と減速する。

すでに日本の輸出にその影響がでてきている。4月以降、日本の輸出数量は1年前に比べ、大幅に減少している。アメリカ向けが 18%、EU向けが 14%、アジア諸国向けが8%の減少である。輸入数量については、アメリカからの輸入数量の減少は8%だが、EU、アジア諸国からは逆に5~10%増加している。

製造業の空洞化とその対応策

「製造業の空洞化」を心配し始めたのは 90 年代の始めであったが、いまや現実の数 字となってわれわれの前にあらわれている。筆者が心配したのは、円高の下で日本の電機機器を中心とする製造業が部品工業をともなって中国と ASEAN 諸国に工場を作り、生 産を始めたことである。当時、筆者は、この動きが、国内の雇用を減少させ、設備投資 の減少につながるとみていた。

アメリカのようにアジア、中南米から安い労働力を輸入できる国はまだしも、日本はそのような労働力の輸入を歓迎する国ではない。したがって、政治が安定し良質で低廉な労働力をもつ中国や ASEAN 諸国への対外直接投資を進めざるをえなかった。アメリカを上回る ODA もこのような企業進出を結果として助けた。すなわち、日本の ODA は電力、輸送、港湾をはじめ中国および ASEAN 諸国のインフラストラクチャーの改善に貢献した。

いわゆる製造業の空洞化に直面した国が、明るい展望を開くとすれば、ひとつにはアメリカのようにITその他のセクターにおける技術革新を通じて労働生産性の向上を図るか、あるいはイギリスのシティのように金融技術の革新と規制緩和を通じて、雇用を増やすかである。さらに、介護を含めた医療サービス産業、住みよい生活を維持し発展させるための環境産業を隆盛にみちびくことが必要である。

欧米に比べて、日本は、規制緩和の面で遅れをとった。ステップ・バイ・ステップという堅実な歩みはグローバリゼーション下の政治・経済の速い動きについていけないのである。

求められる技術革新

今年1月にアメリカの前政権の経済報告が出た。これによると 95 年からの5年間における労働生産性の上昇は、年平均 1.6%になっている。内訳をみると、ITセクターにおける技術革新による労働生産性の上昇は、0.2%であるが、IT以外のセクターにおける技術革新は、1%に達している。また、生産現場における投資によって 0.4%の労働生産性の上昇がある。

日本も、製造業では研究開発、技術革新に力を注ぎ、保険・医療・介護の領域でのサービスの改善、技術革新により、GDP を高めつつ、人々が住みよい生活を実現することを目指すべきではなかろうか。

住みよい社会の実現

政府が言うように、今後数年、構造改革や規制緩和を進めれば痛みが生じる。また、 国際的にも厳しい情勢が続く。こういった厳しさを見つめることは大事だが、同時に将来を展望して、若い人には夢を、お年よりには安心を約束する社会をつくることが望ま れる。今後は、そうした夢と安心を約束するためにも保険・医療・介護などのサービス 分野での研究、技術の革新が、より重要視されることとなるであろう。フィナンシュア ランス研究所の責任は重く、期待は大きい。