生活福祉研究通巻37号 巻頭言

エネルギー革命
- 炭素から水素への変革 -

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所特別顧問

地球環境問題と地域環境問題

地球温暖化への対応として、97 年 12 月の地球温暖化防止京都会議(COP3)において、各国の温室効果ガスに排出削減目標(日本は 90 年比マイナス6%)が策定された。昨年 11 月のハーグ会議(COP6)では、さらにこの詳細が決定される予定であったが、二酸化炭素の森林吸収分の取扱いについて、日米と欧州各国との溝が埋まらず、決着は今年7月にボンで開催される COP6パート2に持ち越された。

そんななか、今年1月に公表された IPCC(気候変動に関する政府間パネル)では、2100 年には平均気温が最高 5.8℃、平均海面水位が最高 88cm 上昇する可能性があると、今までの予測を大幅に上方修正した。

このように急進する温暖化等の地球環境問題には各国が妥協点を探り、早急に対応していかなければならない。

また、ダイオキシンなどの廃棄物や排気ガス汚染の問題などの地域環境問題にも早急な対応が必要である。カリフォルニア州では、2003 年までに自動車各メーカーの販売自動車の 10%をゼロエミッション車にするよう州法で義務付けるなど、地域環境問題へ取組みをすでに開始している。

着目される燃料電池

これらの地球・地域環境問題への対応には、二酸化炭素、排気ガスをどうするのかということが課題となってくる。最近、その解決策として、「燃料電池」が注目されてきた。燃料電池は、粗っぽく言うと、水の電気分解と反対に、水素と酸素の化学反応により電気を発生させる方式である。

今までの石油・石炭などの炭素エネルギーは、排気ガスや二酸化炭素の排出を伴っていたが、燃料電池の場合、全く排出されない。燃料電池は、大気汚染を伴わない究極のクリーンエネルギーである。

炭素エネルギーの場合、化学エネルギーを一度熱エネルギーに変換し、さらにそれを機械エネルギーに変えるという二段階方式を採らなければならなかった。一方、燃料電池の場合、化学エネルギーから機械エネルギーに直接変えるので、エネルギー変換効率も格段に上昇する。今までの化石燃料を使用したエンジンやタービンの場合、エネルギー変換効率は 50%程度であるが、燃料電池だと 100%近くになるといわれている。

また、現在利用している化石燃料は、その可採年数は石油 45 年、天然ガス 68 年、ウラン 72 年といわれている。しかし、燃料電池は、水素を素にしているので、寿命がなく、何度も循環して利用できる持続再生可能なエネルギーといわれている。

この水素エネルギーのシェアは、ドイツでは 2010 年には全エネルギーの約 15%、2050年には 45~50%を占めるとの予測もあり、確実に炭素エネルギーの時代を脱し、水素エネルギーの時代を迎えることになるだろう。

自動車・家庭と燃料電池

この燃料電池を活用すれば、排気ガス汚染なく自動車を走らせることができる。1986年にガソリン自動車が発明され、それ以来自動車業界は排気ガス問題に悩み続けてきたが、この問題に終止符を打つ革命が、現在起きようとしている。ダイムラー・クライスラー社を筆頭に、自動車メーカーは燃料電池車の開発を進めており、来年には東京でも燃料電池を使った車が走るといわれている。

直接水素ガスや液体水素を自動車に貯蔵することは危険なことから、当面、燃料電池の燃料としてメタノールが有力視されている。メタノールから水素を発生させ、エネルギーへと変換する。メタノールであれば、既存のガソリンスタンドを活用することが比較的容易である。

さらに、この燃料電池の家庭での利用も実用化されようとしている。各家庭に発電装置を設置し、家庭用電力を供給する。これが実現すれば、現在の発電所を中心としたネット配信型から、自己発電型になり、輸送時のロスがなくなる。これが普及すれば、大型の発電所が不要になる時代が来るかもしれない。

また、この家庭用発電装置の多くは、排熱を給湯等に利用できる熱電併給システムともなり、大きな節電効果を持つ。

この来るべきエネルギー革命に備え、水素貯蔵用タンクの研究開発に大手メーカーがしのぎを削るなど、多くの巨大産業がこの燃料電池に注目している。

燃料電池の今後

現在、燃料電池の実用化には、コスト面など大きな課題が残されている。しかし、燃料電池は、二酸化炭素を排出せず、持続可能である水素エネルギーを使い、無公害性のため、地域・地球環境問題を抜本的に解決するモノとして大きく期待されている。

加えて、炭素から水素へと変わる「エネルギー革命」によって、まちづくりのあり方やライフスタイルなど人々の社会生活にも大きな影響を与える可能性がある。燃料電池の今後は、単なる燃料問題としてだけでなく、社会的に劇的な変化をもたらす事象として、引き続き注目していく必要がある。