生活福祉研究通巻36号 巻頭言

ソフトランディング
- アメリカ経済軟着陸の期待 -

大場 智満
当研究所顧問
国際金融情報センター前理事長

危機感に覆われたアメリカ経済

昨年7月号でニューヨークの株価下落について言及した。その時はソフトランディングの可能性が高いと思っていたが、読者に関心を持ってもらうために、あえて表題をハーダーランディングにし、その場合に起りうる影響に焦点を当てた。いま実際にニューヨークの株価下落に直面し、ソフトランディングかハードランディングかは、アメリカのみならず、ヨーロッパ、日本、アジア、中南米など世界中の関心の的になっている。

7月の巻頭言では、言葉の定義そのものが、今にして思えばやや曖昧であった。筆者は、ハードランディングとはニューヨークの株価が25%急落し、ドルが20%弱くなることと考えていた。

しかしソフト・ハードの議論が高まってきた今では、言葉通り、着地がスムーズに行くのか、ハードに行くのかということを考えるようになってきている。つまり、今年のアメリカの成長率が3%前後で収まればソフト、2%になればハードといった感じで使われている。それは、アメリカの成長率が昨年第3四半期以降低下し、2001年第1四半期では2%前後かもしれないという想定のうえに考えられているのであろう。

しかし、仮にニューヨークの株価が20%下落したとしても、アメリカ経済への影響を考える際には、20%の下落が3週間で急落したか、3か月かかったかということも重要になってくる。

もともとIMFがハーダーランディングシナリオを考えたときは、次のような経過をたどると想定されていた。まず、アメリカ経済が過熱しインフレ期待が高まる。そこでFRB(連邦準備制度理事会)が金利を引き上げる。その結果、2001年の始めに企業収益が縮小するとともに、消費者の行動にも影響を及ぼすという想定であった。

アメリカ大統領選挙後のFRBの動きをみると、アメリカ経済の先行きに対する危機意識に急き立てられて行動しているようにみえる。具体的には、12月末に発表された消費者信頼度指数の低下や年初に発表された NAPM 指数(企業の景況感を表す指数)の急落に驚いたのではなかろうか。年始の公定歩合およびFFレートの 0.5%引き下げは、このような危機感があったからこそであると思われる。

各国に与える影響

ニューヨークの株価の下落はヨーロッパ、日本を始め、世界中の株式市場に影響を与える。ニューヨーク株式市場にはヨーロッパ企業が数多く上場していることから、IMFはヨーロッパの方が株価下落の影響が大きいとみている。しかし、現実には日本の株価の方が大きく下がってしまった。これは、アメリカの影響というより、日本の今年の成長率が、1.5%という見通し(注)になったことと、金融機関、企業による株式持合いの解消の動きという2つの国内要因があってのことである。

アジアの株式市場のうち NIES 諸国(韓国、台湾、香港、シンガポール)とオーストラリアはニューヨーク株価の下落がそのまま反映した。ほとんど影響を受けないインドネシア、中国(上海B)の株式市場と対称的である。タイ、フィリピン、マレーシアの株式市場への影響は、この両者の中間にあるようである。

  1. (注)明治生命予測数値

ソフトランディング・シナリオ

昨年7月の巻頭言では、ハーダーランディングの場合、今年の日本の成長率は1%に、ヨーロッパの成長率は2.5%になると書いた。昨年秋のIMFの見通しもほぼ同じ数字を 示しているが、筆者は依然としてアメリカ経済のソフトランディングを期待している。 理由は、明確である。1929年と異なり、預金保険機構や社会保障面でのセーフティ ネットがあるうえにマクロ経済政策が動員できるからである。アメリカ財政は99会計 年度が1,230億ドルの黒字、2000会計年度が2,300億ドルの黒字であった。したがっ て、減税とか社会保障費の増額などを行う余地が大いにある。

FRBのグリーンスパン議長は、財政の黒字は第一に国債の償還、第二に減税、第三に歳出の増加にあてるべきとの主張であったが、最近はブッシュ新政権の減税構想を支持しているようにみうけられる。金融政策も弾力的に執行できる。1月の金利の引き下げに続いて、2月以降も景気の動向をみながら金利引き下げの方向で対応していくであろう。このようにみてくると、2001年後半にはアメリカ経済が少し良くなり、年間の成長率は2%よりも3%に近いところに着地するのではなかろうか。

為替相場について、このソフトランディングシナリオを前提とすれば、激的に変動することはないと思われる。現在の 120 円に近いドル高円安がドル安円高の方向に修正されるのではないだろうか。

ユーロは創設以来、弱含みで推移してきたが、2002年のユーロ紙幣の流通開始を控え、強含みに推移していくのではなかろうか。それはアメリカの成長率の低下に伴い、ヨーロッパからアメリカへの資金の流入が年間 4,000億ドルの高水準から減少していくことが主因であろう。