生活福祉研究通巻35号 巻頭言

求められるリスクマネジメント体制の確立

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所相談役

経営をとりまくリスク

ここのところ、リスクマネジメントの必要性を感じる出来事が相次いだ。最近では、9月下旬、大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件に関する株主代表訴訟の記事が新聞各紙の紙面を賑わせた。830 億円という莫大な金額に驚かれた方も多いと思う。取締役のなり手がなくなるという経営者の意見も多く寄せられた。しかし、こうした事例は、訴訟リスクの典型ともいえ、これまでも米国で日本の大企業が苦渋を味わされてきた。日本でも企業にとってより訴訟リスクが強く出始めたということであろう。

訴訟に関して米国と日本の違いは、まず弁護士の数。そして、米国では会社役員に弁護士が含まれているのが普通だが、日本では、そうしたケースはほとんどない。これからは、訴訟について相当関心をもって企業は臨まなければならない。

次に、事故や欠陥製品(商品)問題があげられる。一昨年より、JCO や H2 ロケット、地下鉄日比谷線の脱線事故など、多くの問題が相次ぎ(調査報第 33 号巻頭言参照)、国家的な大型プロジェクトを中心とする製造業の問題が露わになった。さらに、今夏は、民間大企業に消費者の信頼を失いかねないような事態が相次いだ。食品問題については、「清潔国家」といわれ、清潔好きな日本人の感じ方も背景にあろう。

大型プロジェクトについては、管理不足、「手抜き」といわれるように、マニュアルどおりにやっていないことが一因であるが、民間については最近のトップの「現場離れ」が大きな要因であろう。トップは現場を自分の足で回るべきだ。報告書では分からないことが自分の足で回れば見えてくることも多い。最近はITブームで、トップもなにかとEメールなどで対応する風潮がある。確かにITは効率的ではあるが、トップの現場離れを加速するようなことになってはいけない。

さらに、地震・火山問題があげられる。神戸の地震以降、地震対策は国家的な関心事になり、それが落ち着きを見せ始めた途端、北海道の有珠山、三宅島の雄山が噴火し、人々は避難を余儀なくされた。一部には富士山の噴火を口にするものもいる。地震では東京直下型地震と、東海のプレート型地震が懸念されている。後者については、微少振動測定装置を大規模に設置し、警戒に努めているが、自然現象のことだけに、起きるかどうか分からないもののために多額の費用は無駄使いだという声がないわけではない。

「三安国家」日本の幻想

一方、人々の生活レベルについていえば、「水と安全はただ」と昔からいわれてきたように、日本は「三安国家」だという信頼がある。三安とは、「安全」「安定」「安心」である。しかし、これももはや幻想と化しつつある。

安全についていえば、これまで、日本の製品は安全で信頼感も高かった。しかし、前述の例ではないが、この安全という日本の価値が剥げ落ちかねないようになってきた。

安定については、これまで、終身雇用制のもとで人々の人生は安定していた。しかし、この安定がぐらついてきた。一生安定して暮らせることが非常に困難になってきた。今後、人生は「三段ロケット型」にならざるをえない。就職するまでの期間、退職までの期間、そして、老後の期間。老後は平均して 20 余年の長きに及ぶため、第三段階が問題で、老後生活資金準備に加え、生きがいをどうするかは非常に大きな問題である。

安心については、これまで諸外国に比べて犯罪が少なく、夜道の一人歩きにも心配はなかったが、昨今では、それも怪しくなりつつある。

このように、日本の三安国家という特徴が剥げ落ちかけ、日常生活レベルで人々が被るリスクに対するマネジメントの必要性が高まっている。

求められる企業のリスクマネジメント体制の確立

人々においては、実態を見据えて意識の転換を図るなどの対応が求められよう。一方、企業には、より一層強力なリスクマネジメント体制の確立が求められよう。

まず、一つ目は、企業内に「リスクマネジメント専任者」を置き、多様化・複雑化するリスクを総合的に捉えることが必要である。その際には、前述の訴訟リスクの事例にみられるように、弁護士との関わりがより強く求められよう。

二つ目は、「コンティンジュンシー・プラン(不測事態に対応する計画)」に関するチームを常設し、為替からエイズなどまで企業が陥る不測事態を常に予測・準備し、計画をたてることが求められる。このチームは、日本の企業ではほとんどもっていないが、米国ではもっている企業が多い。

三つ目は、「マニュアル化」を推進すること。日本は以心伝心の文化的土壌があり、マニュアル化が得意ではない。何か起きたときに頼れるのはマニュアルである。日本では、とかく、個人の裁量によるカイゼン・カイリョウで物事を進める傾向があるが、これも時と場合である。

四つ目は、「保険」の有効活用。日本では世帯への生命保険の普及はきわめて高いが、企業のリスクに対応する方策としては必ずしも有効に用いられているとは言い難い。

そして、最後は、「リダンダンシー。」余裕とか重複思想といわれるものが必要である。言い換えれば、Aが駄目ならBという発想や、建築物の強度に余裕を持たせるということである。航空機の設計はこうした発想に基づいている。首都移転の考え方、東京が駄目なら那須へという発想もこれに近い。重複的に機能を置くことである。ただし、これは、一方では大いなる無駄につながる。その意味で、線引きは非常に難しいが、リスクマネジメントの観点からの検討が重要である。