生活福祉研究通巻33号 巻頭言

日本の産業の変革 - 製造業・情報産業 -

牧野 昇
当研究所所長
三菱総合研究所相談役

ヒューマンウエア型エラーが頻発する製造業

日本の産業の中では、今、製造業がクローズアップされている。製造業の衰退が指摘されるなかで、いろいろな事故が発生した。私は「ものづくり懇談会」にメンバーとして加わっているが、それは、日本の製造業の安全神話が危なくなっていることがきっかけで開催された。東海村JCOの事故、日本の誇る新幹線のトンネル落盤、世界中で注目されていたH2ロケットの失敗、その連鎖反応ともいえるMロケット墜落。そして、最近では地下鉄日比谷線の鉄道事故。このように、この半年、日本の製造業の黒星とも言える事故が続いて起きた。

これらについては、それぞれ事故原因は別だが、共通していえることがある。それは、ハードウエア、ソフトウエアは以前と遜色ないが、ヒューマンウエアのたがが非常に緩んできたことだ。つまり、ヒューマンウエアのエラーが目立ってきていることだ。懇談会でも、それが非常に問題だという指摘がされている。この原因には、ひとつには教育の問題があろう。そして、アンダーグラウンド的な仕事を日本人が嫌うようになり、物事をきっちりと守ってやるという考えが希薄化し、適当に、というようになってきたこともあげられよう。

日本の製造業の強みと弱み

しかし、懇談会での議論で感じられることは、日本の第一線の製造業は大丈夫だということである。代表的な製造業である自動車について例をあげれば、米国に工場をもつ自動車会社のうち、国外への輸出台数が最も多い会社はHONDAで、二位はTOYOTAである。欧州でも日本車は非常に人気がある。欧州では日本からの輸入を制限している国が多いが、米国からの輸入は緩やかなため、米国籍の日本車が多く走っている。日本の強みは自動車をはじめ、部品点数 5~50 万点のテレビ、カメラなどの製品である。

日本が弱いのは、巨大プロジェクトである。部品数でいえば、300 万点から 1,000 万点。今回一連の事故を生じたのも多くは、こうした巨大のプロジェクトである。米国は巨大プロジェクトに強い。その理由は、日本とは異なり、Aクラスの少数指揮者のもと、Cクラスの大多数がそれに従うという関係がある。この体制は、大型プロジェクトをやるのに適した体制である。日本では、Bクラスが大部分で、「カイゼン」や提案をおこなう。これが製品の質的向上を産むが、ときどき事故も発生する。

求められる大型技術プロジェクトへの国家支援

日本の製造業は、自動車、精密機器など、中間的な部品点数から構成される産業の強みをより発揮させていくことが重要であるが、一方で、日本が弱いとされるより大型の技術プロジェクトに対して、国が積極的に資金投入することである。大型のプロジェクトは、個別の企業ではできないので国家主導でやっていく。たとえば、メガフロート(超大型浮体構造物)や、高速増殖炉、リニア新幹線、ITSなど。これを国の資金で積極的に推進していくことである。

情報産業の日米逆転

さて、情報産業については、これまで日米の差は大きいというのが常識であった。しかし、最近は、日米情報産業の再逆転ということが囁かれ始めている。その点で、この一年の間に起きた2つの出来事は象徴的である。

ひとつは、「モバイル型ネットワーク」の進展である。アメリカは発祥国でもあり、パソコンを用いたインターネットを得意とするが、最近では、主役がパソコンから、モバイル型、すなわち、携帯電話へと変わりつつある。携帯電話は脱パソコンの主役と目され、パソコンとは異なり、技術的に日本が一番優れている。携帯電話の部品は7~8割が日本製。精密機器は日本のお家芸である。日本は、携帯電話の普及率でも米国を抜いている。日本の携帯は多くがデジタル型でインターネットにもよく馴染むのに対し、米国はアナログ型であることに加え、国土が広く、携帯電話の方式が地域で異なるなどして、共通のネットワークが構築しにくい。これらから考えると、携帯電話のネットワークについては、日本は米国を先行している。米国も方式を同一にすべく努力しているが、まだ数年はかかるだろうし、その間にも日本はさらに進展し、完全に差をつけるだろう。 将来の主役となるモバイル型ネットワークについては、日本が優位な位置を占めている。

もうひとつは、ゲーム機。プレイステーション2(PS2)が、先月初に発売され、国内だけで3日間の出荷台数が 100 万台を超えた。現在では国内販売のみだが、海外に出荷されれば圧倒的な人気を博することは間違いない。PS2の半導体は現在のパソコンよりも格段に機能が優れている。しかも、記憶装置としてDVDを用いている。マイクロソフト社はこれに対抗し、ゲーム機「Xボックス」の開発を発表した。情報家電の分野では、パソコンからゲーム機が主役になりつつある。Xボックスの発売は、どんなに急いでも来年秋になろう。この分野でも日本は、1年半米国を先行していることになる。

次世代の情報産業の鍵は携帯電話を利用したモバイル型ネットワークであり、日本が強い。これが日米逆転のひとつである。そして、ゲーム機における日本の優位。これはハードだけでなく、ソフトについても同様である。こうしたことから 2000 年代には情報産業の日米再逆転もありうる。

80 年代は日本の技術が優位な年代、90 年代は米国であった。2000 年代は再度、情報技術を主体に、再び日本が覇権を握るのではないだろうか。